私の東大合格体験記 part28
東大合格体験記 part27
どうも、フジです。
過去の記事のリンクは最後に載せていますので、そちらも読んでいただけると幸いです。
人生で最も暇な2週間
2日間にわたる二次試験を終えて、あとは結果を待つのみとなりました。私は、滑り止めの私立と後期の出願は行なっていなかったので、何もすることのない日々が続きます。18年間生きてきた中で、おそらく最も暇な2週間でした。
“大学生になる前に読んでおいた方がいい本”みたいなのって、ぶっちゃけた話、別にないんですよね。私も、二次試験終わりに先輩のところへ遊びに行った際、ちゃんと聞きましたよ、「こっから先しばらくやることないんですけど、大学生になるまでにやっておいた方がいいことってある?」って。「別にない!」って言ってました。私もそう思います。
だから、二次試験後の暇を潰す最善手は「友達と遊ぶこと」なのですが、残念ながらコロナの流行初期だったもんで。東京から戻ってきた若者は、地方では白い目で見られるという。まだ試験を残している友達とは念の為会うことはせず。
受験からの開放感に浸りつつ、自宅で弟とウイイレをしながら、頑張って暇を潰しましたね。
3月に入ると、ぼちぼち合格発表が始まります。私がいつも帰路を共にしていた友人2人は、阪大志望と京大志望。確かどちらも3月9日だったような。2人ともダメでした。2人の頑張りを間近で見ていたので、私もとても悔しかったです。受験って残酷だなぁと強く思った瞬間でした。(ちなみに、2人とも1年の浪人を経て、志望校に合格しています。)
東大の合格発表は3月10日
ずっとこの瞬間を思い描いてきました。
3月10日に合格を喜ぶ、その瞬間を。
東大模試でA判定を取ったことはありませんでしたが、なぜか自分が不合格になるイメージが湧いたことはなかった。”合格を泣いて喜んでいる姿”が、鳥肌が立つほど鮮明に想像できていたんです。
3月9日の夜は、何度も目が覚めました。全然寝ることができませんでした。不安故ではありません。「とうとう明日、今まで思い描いてきたあのイメージが現実となるのか」と思うと、胸の高鳴りを抑えることができませんでした。
3月10日の朝、12時までが本当に長かった。
「もう結果出てるかな!?」とか言って、何度も何度も東大のウェブサイトを開きました。
出てるはずもないような時間にですよ(笑)
そして、運命の12時…。
合格!!!!
涙がでました。
冗談抜きで一度も不安を抱いたという自覚はなかったんですが、きっと心のどこかで感じてはいたんでしょうね。
喜びの涙というよりは、安心の涙だったような気がします。
不合格だった場合、両親、祖父母の期待を裏切ることになります。
そして、不合格だった場合、学校のやり方を無視し続けた私は、高校の先生に笑われていたでしょう。
不合格だった場合、周りを見下して調子に乗った発言を繰り返していた私は、高校の同級生にバカにされていたでしょう。
不合格だった場合、「東大に行きたいからもっといい高校に進学する」と言って中高一貫校を辞めた私は、その中学校の関係者(先生、保護者)に、いい話のネタとして扱われていたでしょう。
なんだかんだ言って、様々なプレッシャーがありましたから。
泣きながら、祖父母と友人2人に電話しました。「受かった!!!!!!!」と伝えると、自分のことのように喜んでくれました。
全てが報われた瞬間でした。
【過去の記事はこちら】
小学校・中学校
part1, part2, part3
高校1年生
part4(地方公立高校でよかった)
part5(部活を辞めて帰宅部になった話)
part6(夏休みの過ごし方)
part7(文化祭・体育祭と勉強の両立)
part8(私の文理選択)
part9(冬休みの過ごし方)
高校2年生
part10(高2最初の実力テストの罠)
part11(高2で受験する志望校の冠模試)
part12(分析の重要性)
高校3年生
part13(赤本のご準備を)
part14(高3夏の東大模試)
part15(東大模試分析)
part16(高3の学校行事)
part17(高3秋の東大模試)
part18(センター地理対策)
part19(東大地理対策)
part20(センター試験本番)
part21(志望校確定)
part22(共通テスト後の過ごし方)
part23(決戦前日)
part24(国語)
part25(数学)
part26(世界史・地理)
part27(英語)