こんにちは!Harunaです。
今回は中学校で不登校だった私が、「今だから言えるみなさんに伝えたいこと」というタイトルで記事を書いていきます!
ゴールデンウィークも終わり、学校に行けなくなってしまった方や不登校の方、先が見えない不安でいっぱいの方はもちろん中高生の皆さん全員に伝えたい内容です。
Harunaが不登校になった経緯からみなさんに伝えたいことまで共感できる部分が多くあると思うのでぜひ最後まで見てください!
それでは早速、不登校になった経緯からお話ししていきます。
当時は辛かった…!<不登校になった経緯>
自己紹介記事(こちら)でも書いたように、約2年ちょっと不登校でした。
不登校と言っても、全く学校に行けてなかったのは最初の4ヶ月くらいでそこからは徐々に保健室登校、別室登校に行ってました。
行けなくなったのは中学1年生の3学期からで、理由は諸々あるのですが主に自分に厳しすぎたこと、そして頑張りすぎたのが原因だと思っています。
元々、学校は大っ嫌いで毎日嫌々行っていました。
しかしなぜかリーダーシップ的な立場に立つことが多く、部活の代表になったり、学級委員になったりと責任を負う場面が多かったです。
クラスでは担任1年目の新人の先生で、学級委員が頑張らなきゃいけない場面が多く、そんな中でクラスメイトからの批判や否定の言葉が来ることが多々ありました。
部活動ではバレーボール部に所属しており、苦手な先生が顧問になってしまいうというガッカリしたことはありましたが、そこはうまく自分なりに乗り切っていました。
しかし、11月ごろから「何をしても全部うまくいかない」、「頭でわかっていても体が思うように動かない」という“スランプ状態”に陥ってしまい“部活に行く”という行動が億劫になってしまいました。
教室に行けば、学級委員としての責任とともに否定の言葉を受け部活に行けば全て上手くいかず、怒られ涙が出てしまう。
そして家に帰ったら超ネガティブだった当時のHarunaは自分責めに入ってしまう。そのストレスが過食に出てしまったり「死んでしまいたい」という気持ちに出てくる。
この繰り返しが大体2ヶ月くらい続き冬休みに入りましたが、冬休み明けて3学期初登校日。
心臓がドキドキし始めて涙が止まらない。
そして過呼吸になってしまい、その日は別室登校し帰宅しました。
これが私の中学校で不登校になった始まりです。
生きた心地がしなかった…中学1年生3学期
中学1年生の3学期は担当の先生との話し合いのもと、3ヶ月間丸っと学校をお休みしました。
当時は、何も考えることができずひたすら「ただ毎日を生きている」といった状態で、寝るかご飯を食べるかスマホを見るかでした。
外出する気力もなく、毎日非現実を生きているような夢心地でした。
それを見かけた母は少しでも外の空気を吸って欲しくて、Harunaを外出に誘ってくれたりと今振り返ってみればありがたいことをしてもらっていました。
また、この期間は記憶もあまりなくこれが「生きるだけで精一杯」という状態なのかなと思います...。
心機一転なるか…!中学2年生
春休みが過ぎ、「心機一転!行けるようになりました!」と言いたいところですが、実際は0.5歩進んだという感じです。
というのも学校という存在、その場所、そこにいる人全てが恐怖に思えてしまったからです。
学校に到着した途端、半端ない汗の量と身体全体で感じ取れるくらいの大きな鼓動。
「こんな自分がいるんだ…」と自分でも驚くくらい恐怖を感じていました。
そんな中で私はまず「学校に顔を見せる」ことを目標にして行きました。
保健室登校では保健室の先生に挨拶をし、お手紙をもらう。
大体6月頃には保健室登校から別室登校になり、自分で学校に行って顔を見せて手紙類をもらう。
こんな感じの生活で1学期を終え、2学期からは「教室に行ってみよう!」と決意したのです。
2学期からは1時間だけ授業を受ける、給食だけ食べるなど少しずつ教室に戻ろうとしましたがその時の私は家に帰ってくると撃沈するくらい頑張りすぎていたので、教室に戻ることは3学期の初め頃で終わってしまいました。
記事では書ききれないことやその時に味わった感情がありますが、1つ言えるのはこれまでの人生で最も辛かった1年を過ごしました。
受験を控える!中学3年生
Harunaは「不登校だと進路がやばい…」と当時は思っていたので、「不登校だから高校行けないかも…」「これからの将来どうしよう」という不安で毎日頭がいっぱいでした。
その結果、毎日苦しむくらい勉強をしていて、テスト期間は16時間というありえないくらい勉強をしていました。
そのためテストは不登校ながら400〜450点を常に取れていて学年順位もトップの方にいました。
成績は良くても、学校に行けない=内申点が取れないことになってしまうため、進路が決まるまでずっと不安・葛藤・悩みだらけでした。
3年生の1学期はその不安の中でめっちゃ勉強していましたが、2学期から学校提供のタブレットでオンライン授業配信が認められ別室、または家で学校にいるクラスメイトと一緒に授業を受けていました。
そして9月頃に「N高」という存在を知りオープンキャンパスに行きました。
10月には志望校を「N高」に決め心にもゆとりができてきた頃でした。
ですが、これまでどこかで繋がっていた糸がプツンと切れたかのように燃え尽き症候群になり、勉強も授業を受けること、学校に行くこともなくなったのです。
11月終わり頃には進路も決まり、合格の通知を貰ったことで「学校に行かなくても良い」という状態がHarunaの心を楽にさせました。
なぜ今までこんなに苦しんでいたのか謎に感じてきた頃でもあります!笑
そして、ここからが私の最高と思える人生の始まりと言っていいでしょう!
12月頃に母とメンタルやマインドに関する講座を受講し始めたのです。
中学校を終え、いざ高校生に!
卒業式に久々に先生と会い、感謝を伝えいざ4月からN高生!
これまでに、こんな感情を感じたことはない!と言っても過言ではないくらい学校の部活動も授業もそして私生活の趣味やアルバイトも毎日が楽しくて充実しています。
今だから言える。不登校から学んだこと
現在、N高2年生。
こうして、「不登校だった経験」がネタとなり武器となり今ここで記事を書いています。
こんな自分、中学生のHarunaには絶対に想像できません。
未来に何がどうなるのか、全く予想できないからこそわくわく楽しいのです!
年々、不登校の学生が増加していく中で今みなさんが持っている武器を活かせるところが絶対にあります。
長くなりましたが、最後に「中学校不登校の経験」からHarunaからみなさんに伝えたいことをまとめます。
今現在不登校の方・不安でいっぱいの方へ。
先ほども言ったように、「不登校」という経験や体験、その時の感情は絶対将来に誰かの助けになったり、それをきっかけに仕事になったりと“自分の武器”になります。
今、目の前が真っ暗なトンネルの中を彷徨っているような状態でも、視点を上げてみればその状態は地球上のたった1つの国のたった1つの都道府県のたった1つの市町区村の学校や場所です。
第1に、自分を1番に愛して労って大切にしてあげてください!
これからの道は数えられないくらい無数にあります。
大丈夫です、なんとかなるので!
みなさんへ。
「死ぬこと以外かすり傷」この言葉を知っていますか?
死ぬこと以外の出来事は大したことないという意味です。
自分がその目の前の出来事をどう捉えるかで180度世界の見え方が変わってきます。
自分はどう在りたいのか、どんな感情でいたいのか。
2度と戻ってこない“今”というこの瞬間の時間を。
Harunaも全て上手に完璧にはできません。
しかし、これを少しでも意識しただけで見えなかった世界が見えてくるので今一度、考え直してみてもいいかもしれません。
最後に
ここまで長い記事を読んでくださりありがとうございます!
絶対に大丈夫です、なんとかなります!
これからマインドやメンタル系の記事もどんどん書いていこうと思っているのでぜひ見てみてください。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう!




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