挑戦しなかった後悔は失敗よりずっと重い
どうもフジです。
今回は、「頑張ってやって失敗したら怖い」という理由で、なかなか勉強に本気になれない高校生に向けて。
怠けているわけでもないのだが、ただ、本気になること自体が怖い。そう感じている人は、何気に多いんじゃないかなと思います。今日はその感情について掘り下げたうえで、どう向き合えばいいのかを考えていきます。
本気でやって失敗するのが怖くなる理由
口にはしなくとも、「本気でやってダメだったら立ち直れないかもしれない」という不安を抱えている高校生は少なくないでしょう。でもこの感情、何もないところから突然生まれるわけではありません。はっきりした背景があります。
典型的なのは、中学時代に成績優秀だった人ですね。自分の中学校では常に上位で、都道府県内トップクラスの高校に進学し、しかもその中学からは自分だけがそこに進学した、みたいなケース。周囲からは「すごいね」「期待してるよ」と言われ続けてきて、先生からも親からも友達からも、「できる人」として扱われてきた。
こういう経験をしていると、自分でも気づかないうちに「失敗できない立場」を背負うことになります。大学受験で失敗したときに「〇〇くんでもダメだったんだね…」と言われるんじゃないか。実際に言われるかどうかは別として、そう言われる場面を勝手に想像してしまうわけです。その想像がめちゃくちゃ怖いんですよね。
だから無意識のうちに保険をかけたくなる。「いやでも俺…本気じゃなかったしな…」と言える余地を残しておきたい、本気でやった結果ダメだったという状況を避けたい。これが、本気になれない正体です。自分を守るための防衛反応なんですよ。
でも、この防衛反応が生む代償は、想像以上に大きいってのが現実です。
挑戦しなかった後悔は時間が経つほど重くなる
本気を出さずに終わるという選択は、その場では楽です。少なくとも、自分のプライドは守れます。「本気じゃなかった」という一言で、結果の悪さを処理できるからです。
ただし、この選択には後払いの代償があります。時間が経つほど、「やればどうなっていたんだろう」「やればできたんじゃないか」という問いが頭の中に湧き出てくるんです。
本気でやって失敗した人は、前を向けます。悔しさはあっても、「自分なりにやり切った」という感覚が残るからです。これは、次の挑戦の土台になります。
一方で、本気にならなかった人は、「可能性があったはずの自分」をずっと引きずることになる。「やらなかった自分」と「やっていたかもしれない自分」の差を、ずっと想像し続けることになってしまいます。
高校生のうちはごまかせても、大学生になったとき、社会に出たとき、ふとした瞬間にこの後悔は顔を出します。そしてそのとき初めて「守りたかった評価より、向き合わなかった自分のほうがずっと重たい」ということに気がつくっていうね。
だから私ははっきり言います。頑張って失敗することより、「本気を出さなかった自分」を一生抱え続けるほうが、よっぽど恐ろしいです。
怖さは期待の裏返しである
では、どうすれば挑戦への一歩を踏み出せるのか。私が思うのは、「怖いなら、それは期待の裏返しだ」ということです。
本気でやって失敗するのが怖いのは、自分がそこそこやれる人間だと思っているからです。期待していない人は、そもそも怖くなりません。だから、怖さを感じている時点で、あなたには伸び代があるんです。
この感情を掻き消そうとする必要はありません。怖さを抱えたままでもいいから、とにかく手を動かしましょう。今回取り上げているような悩みを抱えていた私の友人は、毎日「マジでとにかくやるだけだから」と唱えながら受験勉強に向き合っていましたね。とにかくやるしかない、とにかくやる、その選択をした人だけが、あとで自分を肯定できるんです。
というわけで今回は以上。









