知識の総量を見ろ
どうもフジです。
今回は「模試の判定にどう向き合うべきか?」という話をしていきます。
「D判定だった」
「志望校、遠すぎるかも」
模試を受けたあと、こんなふうに落ち込んでいる人、結構多いですよね。中には、それをきっかけに志望校を変えてしまう人もいるほどです。でも、私はそういう姿を見るたびに思うんですよね、「それって、本当に正しい判断なの?」と。
模試の結果に振り回される前に、そもそも模試ってどういうものなのか、そこをちゃんと理解しておく必要があります。模試の本質を見失ってしまうと、努力の方向性までズレてしまう。今回は、模試の正しい位置づけと、その結果との向き合い方を一緒に見直していきましょう。
模試の出題は“ほんの一部”でしかない
まず大前提として知っておいてほしいのは、模試は出題範囲を全体的にカバーしているわけではないということです。これは当たり前のようで、意外と忘れがちな事実です。
たとえば数学を思い浮かべてみてください。整数、確率、図形、ベクトル、数列、微積…などなど、教科書や問題集には膨大な範囲が載っていますよね。でも、模試で出題されるのはその中のごく一部。つまり、模試の問題は、その時たまたま出された問題でしかないんです。
英語や国語も同じです。英文法や語彙、読解のテーマも、ピンポイントで出題されるわけで、当然ながら全体を網羅してくれているわけではありません。
模試1回だけで「自分の実力を測る」なんてことは、物理的に不可能なんですよね。
「模試の結果=実力」ではない
このように模試が“部分的なスナップショット”にすぎない以上、得点というのはある種の“運”に左右されます。
たとえば、たまたま自分の得意な範囲が出れば高得点になるし、逆に苦手な範囲が重なれば、どれだけ勉強していても思ったような点が取れないことだってあるわけです。
「この前、反省して頑張ったのに点が下がった…」
「前回の模試よりも手応えはあったけど、合計点はあまり変わってなかった…」
こういう経験がある人も多いと思いますが、それは、努力が足りなかったからじゃなくて、単に“出題と自分の勉強の重なり方”がズレていただけの可能性も高いって話。模試の得点というのは、自分の実力の全体像を示しているわけではない、ただの「その日その瞬間の断片的な指標」にすぎないんです。
本当に見るべきなのは「知識の総量」
じゃあ何を信じればいいのか。
自分がこれまでに積み上げてきた「知識の総量」です。
模試の出題が断片的なものである以上、「判定」や「得点」を見て自分の立ち位置を判断するのは望ましくありません。大切なのは、志望校が求めるレベルに対して、自分がどこまで知識を積み上げられているかを冷静に見つめることです。
「知識の総量」は、当然、模試では測れません。自分の中にある「この単元はもう大丈夫」「ここはまだ苦手」「前より確実に解ける問題が増えてきた」というような実感に基づいた手応えでのみ測ることができるのかなと思います。努力して積み上げた知識は、確実に力になっています。模試はあくまで途中経過。合否を決めるのは“当日”です。
判定は気にするな、冷静に積み上げろ
小学生や中学生の頃の私は、模試の判定は、それを見て盛り上がって終わり…という感じでした。親にはよく「もっとちゃんと結果を受け止めなさい」と言われたものですが、でも今になって、判定なんてその程度でちょうどよかったんだろうな、と思います。
D判定、E判定。
だから志望校を変える?
早すぎでしょう。
模試は運に左右されるもの。そんなものに将来を預けるのは、あまりにももったいない。判定は、参考情報のひとつにすぎません。必要なのは、冷静に自分の勉強の積み上がりを見つめ続けること。
「ここまでできるようになった。次はここを詰めよう。」
この積み重ねの先に、本当の実力がついてくるし、合格もついてくるんです。
というわけで今回は以上。









