今年の7月に中国は火星探査機「天問1号」を打ち上げようとしています。現時点で、ミッションについてわからないところも多いですが、投稿論文や学会発表などをもとに一惑星科学者の視点で、技術的な解説を行います。
(目次)
0:00 はじめに
0:26 輸送機(長征5号)
0:53 探査機とミッション機器
1:46 ローバーのスペック
2:29 困難な火星着陸
3:22 突入、降下、着陸
3:50 自立制御による着陸
4:31 着陸地点候補
4:52 地上局の整備
5:08 むすび
(参考論文)
1. X. Jiang et al. Overview of China's 2020 Mars mission design and navigation. Astrodynamics 2, 1-11 (2018).
https://doi.org/10.1007/s42064-017-0011-8
2. Y. Jia et al. Scientific Objectives and Payloads of Chinese First Mars Exploration. Chin. J. Space Sci. 38(5), 650-655 (2018).
https://doi.org/10.11728/cjss2018.05.650
3. P. Ye et al. Mission overview and key technologies of the first Mars probe of China. Sci. China Tech. Sci. 60, 649-657 (2017).
https://doi.org/10.1007/s11431-016-9035-5
【連携サイト】
月探査情報ステーションー天問1号
https://moonstation.jp/challenge/mars/exploration/tianwen-1
月探査情報ステーション様は、天文・惑星科学の研究者たちが運営する日本最大級の月・惑星科学ポータルサイトです。インターネット黎明期の1998年から活動されており、良質な記事を多数取り揃えております。今後とも、惑星科学チャンネルは日本の宇宙・惑星科学教育の普及に向けて、月探査情報ステーション様と連携していきます。
【関連記事】
Here’s Where and How We Think China Will Land on Mars
https://spectrum.ieee.org/tech-talk/aerospace/robotic-exploration/where-how-china-mars-mission-news
China's Mars mission likely still on track for July launch despite coronavirus outbreak
https://www.space.com/coronavirus-china-mars-mission.html
【画像素材】
NASA, JPL, 中国国家航天局(CNSA), 中央電視台(CCTV)
※サムネイル画像は2011年に打ち上げられた中露合同火星ミッション「フォボス・グルント&蛍火1号」の写真です(天問1号はまだあまり写真が公表されてないため)。
Image Credit: Roscosmos / IKI
【字幕全文】
今年の7月に中国は火星探査機「天問1号」を打ち上げようとしています。
現時点で、ミッションについてわからないところも多いですが、
投稿論文や学会発表などをもとに
一惑星科学者の視点で、情報を整理したいと思います。
調べていくうちに、中国国家航天局の公式プレスリリースにすら
間違いがあることを発見しましたので、
興味がある人はコメント欄をご覧ください。
さて、天問1号の打上は長征5型ロケットで行われる予定です。
このロケットは現時点で世界3番目の軌道投入能力を持つ、
中国が持つ最大のロケットです。
これまでの打ち上げ成績は、3回中2回が成功となっていて、
次の打ち上げで連続成功となるか、注目されるところです。
打ち上げからおよそ7か月かけて火星に到達し、
2021年の2月ごろに火星軌道に投入される予定です。
天問1号の質量は全体でおよそ5トンあります。
日本初だった火星探査機「のぞみ」の約10倍の重さです。
研究者として気になるのは、理学観測を行うミッション機器です。
天文1号では周回機に7個、着陸機に6個、
合計13個のミッション機器を搭載します。
のぞみが、天問1号の10分の1の筐体に、
14個ものミッション機器を搭載したことを考えると、
あまり無理をしない設計思想になっていることが伺えます。
内訳を見ると、カメラや分光器、磁力計、レーダーなどとなっており、
これまで他の探査機にも搭載されてきたおなじみの機器構成となっています。
個人的に注目しているのが、ローバーに搭載されるLIBSです。
この機器は岩石表面にレーザーを照射して発生するプラズマを分光して
元素組成を素早く測定できるもので、2012年にNASAの第3世代火星ローバー
キュリオシティで初めて探査ミッションに導入された最新の機器です。
天文1号のローバーの質量は240kgで、NASAの第2世代の火星ローバー
スピリット、オポチュニティと同程度と考えてください。
一方でローバーのミッション機器の数は6個と少なめであり、
バス機器に十分な質量を割くことで、リスクを冒さずに、
安全を優先する設計を図っていることが予想されます。
ローバーのデザインは中国の月着陸機「玉兎」を踏襲しています。
火星表面での設計寿命は90火星日に設定されており、
玉兎シリーズや、NASAの第2世代火星ローバーと同程度です。
実際には玉兎1号、2号どちらも設計寿命を大幅に超えて稼働したことから、
天問1号のローバーもうまくいけば
設計寿命を超えて長期間にわたって稼働するかもしれません。
ローバーが無事に火星への軟着陸に成功すれば、
アメリカ・ソ連に次ぐ快挙となります。
しかしこのミッションで最大の鬼門が火星への着陸となるでしょう。
火星には薄い大気があるため、大気圏突入時に着陸機を著しく加熱しますが、
一方で大気が突入速度をそんなに減速させるわけではないので、
絶妙なバランスが必要なのです。
しかも火星の大気圧は季節や日によって大きく変動しますし、
時期が悪いと砂嵐に巻き込まれてしまいます。
着陸に最適なタイミングをその場で判断しなければいけません。
また着陸機を降下させる時点で、地球と火星はおよそ1.5億km離れており、
信号を伝達するのに8分もかかります。
そのため、着陸のプロセスは、地球からの指令で行うのではなく、
全て、探査機の自律制御によって行う必要があります。
こういった要素が、火星着陸を難しくしているのです。
探査機の着陸は一般的に、大気圏への突入、降下、着陸
という3つのプロセス(通称EDL)に分けられます。
天問1号はまず秒速数kmと非常に速い速度で大気圏に突入します。
最初の段階ではカプセルのヒートシールドによって減速します。
その後、パラシュートを開いてさらに大きく減速します。
中国は既に、有人宇宙プログラム「神舟」によって
大気圏再突入技術を豊富に蓄積しており、その技術が生きるでしょう。
次に降下段階では、嫦娥3号や4号で使われたものと同様の
逆推進ロケットを用いてさらに減速します。
この時点でレーザーとマイクロ波によって
地上との距離を計測しながら降りていきます。
地表から約70メートルの地点まで下りたら、着陸機は母船から切り離され、
ホバリング状態に移行します。
この段階で、レーザーとライダーによって地形をスキャンします。
残り20メートルまで降りたら、光学カメラによって地面の様子を撮影しながら、
自動的に障害物を回避するモードに移行し、
探査機自身の判断で、最終的に着陸します。
こういった高度な着陸運用の技術を中国は嫦娥4号で既に実証してきました。
着陸地点はまだ最終決定していませんが、去年ヨーロッパで開かれた学会で、
ユートピア平原かクリュセ平原に絞られたことが発表されました。
興味深いことに、この二つはアメリカの過去の火星探査機と
比較的近い場所になります。
科学的に面白い場所で、かつ安全に着陸できるところを考えていくと、
必然的に同じ結論になるのでしょう。
また今回の火星探査に向けて、中国は探査機との通信を
確保するための地上局の整備も進めてきました。
国内だけでなく、ナミビアとアルゼンチンにも自前の地上局を開設し、
地球のどこからでも24時間態勢で通信できる環境を整えてきました。
中国はこのように長期計画のもと、一つ一つ過去のミッションから得られた
要素技術を積み重ねて着実に前進してきました。
その集大成が火星着陸となるのか、注意深く見守っていきたいと思います。
それでは今回もご視聴ありがとうございました。
面白かったという方は、ぜひチャンネル登録をお願いします。
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また、内容についてご意見がある方は、コメント頂けると幸いです。
どうそ、よろしくお願いします。
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