7月30日に打ち上げられる、NASAの火星ローバー「パーセヴァランス」には、世界で初めての、地球以外の天体を飛行するヘリコプターが搭載されます。この動画ではミッションが行われる理由、開発での苦労話、今後の惑星探査に与えるインパクト、を解説します。
(目次)
0:00 世界初の火星ヘリコプター
0:27 地球科学で普及するドローンを使った調査
1:12 火星を飛ぶことの難しさ
1:48 苦難続きの開発
3:23 ついに完成した火星ヘリコプター
4:08 史上初の火星ローバーに匹敵するインパクト
4:39 ドローンを用いたタイタン探査「ドラゴンフライ」
(参考文献)
G. Savu & O. Trifu (1995) Photovoltaic Rotorcraft for Mars Missions. 31st AIAA/ASME/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference and Exhibit.
https://doi.org/10.2514/6.1995-2644
J. Balarm et al. (2018) Mars Helicopter Technology Demonstrator. AIAA Atmospheric Flight Mechanics Conferrence.
https://doi.org/10.2514/6.2018-0023
D.S. Bayard et al. (2019) Vision-Based Navigation for the NASA Mars Helicopter. AIAA Scitech Forum.
https://doi.org/10.2514/6.2019-1411
H.F. Grip et al. (2018) Guidance and Control for a Mars Helicopter. AIAA Guidance, Navigation, and Control Conference.
https://doi.org/10.2514/6.2018-1849
W.J.F. Koning et al. (2018) Generation of Mars Helicopter Rotor Model for Comprehensive Analyses. Specialist's Conference on Aeromechanics Design for Transformative Vertical Flight.
https://ntrs.nasa.gov/search.jsp?R=20180008645
The New York Times (2020) Mars Is About to Have Its ‘Wright Brothers Moment’.
https://www.nytimes.com/2020/06/23/science/mars-helicopter-nasa.html
【映像素材】
NASA-JPL/Caltech, Trinity University
【字幕全文】
7月20日に打ち上げられる、NASAの火星ローバー「パーセヴァランス」には、
世界で初めて地球以外の天体を飛行するヘリコプターが搭載されます。
この動画では、なぜ火星ヘリコプターが今必要なのか、
悪戦苦闘の連続だったNASAの技術者たちの開発秘話、
今後の惑星探査にどのような影響をもたらすのかを、
最近、航空宇宙学会で発表された論文から読み解きます。
近年、無人飛行機(ドローン)が地質調査において、
積極的に活用されるようになっており、
地球科学の世界に大きな革命をもたらしています。
地質学的に価値のあるサンプルや、新鮮な露頭などは、
人間が容易に近づくことのできない、
断崖絶壁や危険な場所に存在することが多く、
これまでは調査すること自体が非常に困難でした。
しかしドローンを利用することで、これまでアクセスできなかった場所でも
科学的に調査することが可能になってきています。
火星探査においても事情は同じです。
切り立ったクレーターの壁面や、険しい山の麓には、
火星の起源や進化を解き明かす重要な場所がたくさんありますが、
従来の火星ローバーでは、着陸がそもそも困難だったり、
傾斜が急過ぎて、登ることが難しかったのです。
火星でヘリコプターを飛ばすというアイディアの起源を遡っていくと、
1995年に航空宇宙分野の国際学会で発表された、
ルーマニアの研究者の論文にたどり着きます。
しかし当時は火星ヘリコプターの実現など、
到底不可能だと考えられていました。
その最大の理由は、火星大気の薄さです。
大気が薄いということは、
それだけ揚力を生むのが難しいことを意味します。
火星の地表から離陸するということは、
地球で言うと高度30kmを飛ぶことに相当します。
もちろん地球上でこんな高いところを飛ぶヘリコプターは存在しません。
普通のジェット機ですら飛ばない高度です。
こういった理由で、
火星ヘリコプターの研究はあまり進んでいませんでしたが、
一般社会で、ドローンの普及が進むにつれて、
およそ6年前からNASA内部で、
本格的に火星ヘリコプターの検討が始まりました。
こちらは2014年に作られた初期の試作機です。
火星大気を模擬したチャンバーに入れて、飛行試験を行ったところ、
離陸はするものの、すぐに姿勢が不安定になり、墜落しています。
原因はやはり火星大気の薄さです。
薄い大気でも揚力を生むために、
翼を高速で回転させる必要がありますが、
これによって翼が上下に振動し、気流が乱れてしまったのです。
地球の場合は大気が濃いため、回転翼に空気の抵抗がかかり、
翼の振動が抑えられるのですが、大気の薄い火星ではそうはいきません。
この問題を解決するために開発チームは、
回転翼の素材をより強度が高いものにし、
さらに翼自体も重くすることで、
安定に飛行できる最適な形状の回転翼を設計しました。
その後も開発の困難は続きました。
質量、サイズに強い制約があったため、
小さな筐体に太陽電池、バッテリー、カメラ、画像処理のための回路、
通信系、各種センサーを詰め込む必要があったのです。
地球と火星では片道10分以上の通信遅延が生じるため、
人間がリアルタイムにヘリコプターを操作することはできません。
ヘリコプターは自ら周囲の画像を撮影するとともに、
刻々と変動する大気の状態を検出し、
本体に搭載された計算機でそれらの情報を処理して、
自らを制御しなければなりません。
こういった高度な自律制御システムの開発も重要な課題でした。
ようやく全ての要素技術を集約した試作機が2018年の1月、
打ち上げのわずか2年前に完成しました。
前回同様に、チャンバーの中に入れられ、飛行試験が行われました。
火星ヘリコプターは見事に離陸し、
安定して飛行できることがついに実証されたのです。
この試験の半年後、NASA上層部から打ち上げ許可が出て、
火星ローバー「パーセヴァランス」(忍耐)への搭載が認可されました。
「インジェニュイティ」(創意工夫)と名づけられた、
この小さな火星ヘリコプターはローバーのお腹に搭載され、
火星表面で30日間にわたって5回の試験飛行を行う計画です。
インジェニュイティは技術実証ミッションのため、
具体的な理学成果を生むことは期待されていませんが、
今後の惑星探査のあり方に大きなインパクトを与えると予想されます。
ここで思い返されるのは、1997年に火星に着陸した、
史上初の火星ローバー、マーズ・パスファインダーです。
エアバッグを使った独創的な着陸の模様は日本でもテレビ中継され、
世界中を熱狂の渦に巻き込んだことを、私自身もよく記憶しています。
おもちゃのラジコンのような、この小さな火星ローバーが、
惑星探査の世界に革命をもたらし、
現在に至るまでの火星ローバーの先駆けとなったのです。
史上初の火星ヘリコプターが与えるインパクトは、
この時のマーズ・パスファインダーに匹敵するでしょう。
NASAは既に、土星の衛星タイタンに、
新しい探査機「ドラゴンフライ」を送ることを発表しています。
このミッションでは原子力電池が搭載されたドローンを使う計画であり、
インジェニュイティの開発で培われた技術が応用されるはずです。
20世紀前半は「空」を制すものが世界の覇権を握った時代でしたが、
21世紀では再び、惑星の「空」を制すものが、
新たな時代をリードしていくことになるでしょう。
それでは今回もご視聴ありがとうございました。
火星探査についてはNASAミッションと同時期に打ち上げられる、
中国の火星ミッション「天問1号」と、
日本のH2Aで打ち上げられるアラブ首長国連邦の火星探査機「ホープ」、
についても、解説動画を作っていますので、
良かったらご視聴ください。
ありがとうございました。
#惑星科学チャンネル #PlanetaryScienceChannel #行星科学频道