火星は過去に水を豊富に持っていたと考えられていますが、どのようにして水を失い、現在のような乾燥した冷たい惑星になったのかは議論が続いています。2020年11月13日にサイエンス誌で発表された論文で、砂嵐が発生したときに、巻き上げられたダストが中層大気を加熱し、水を上層大気まで輸送することで、水の散逸を加速していることがわかりました。
(目次)
0:00 乾燥した火星
0:28 定常的な散逸モデル
1:27 砂嵐による水の輸送モデル
1:53 MAVENによる観測
3:18 火星の気候進化に対する示唆
(参考文献)
Stone et al., Hydrogen escape from Mars is driven by seasonal and dust storm transport of water. Science 370, 824–831 (2020)
https://doi.org/10.1126/science.aba5229
(画像素材)
NASA, Goddard Space Flight Center, University of Arizona, JPL-Caltech, Malin Space Science Systems
(字幕全文)
火星表面に存在する河川状地形や大気中の水素同位体比といった観測事実から、火星にはかつて大量の水があったと考えられています。
しかし、現在の火星は乾燥した冷たい惑星であり、表面から水はほとんど失われています。
そのため、火星からどのように水が散逸したのかを明らかにすることで、
惑星の気候進化を解き明かす重要な手がかりを掴むことができます。
火星における水の散逸はこれまで、
一定速度で散逸するような静的なプロセスが考えられてきました。
大気中の水蒸気の大部分は地面に近い下層大気に存在します。
火星の大気中には高度40kmから50kmにハイグロポーズと呼ばれる低温の層があり、ここで水蒸気は凝縮するので、これより上に拡散していく水蒸気を律速しています。
簡単に言うと、ハイグロポーズが水蒸気に蓋をする役目を果たしており、
これによって水の散逸が一定の速度に抑えられているのです。
ハイグロポーズから拡散した一部の水蒸気は上層大気に到達し、そこで太陽の紫外線や荷電粒子との衝突によって水素原子に分解され、最終的に宇宙空間へ散逸すると考えられます。
しかし近年、火星の外気圏に存在する水素原子の濃度が季節によって、
大きく変動することが明らかになってきました。
このことは、ハイグロポーズを突き抜けて、水を上層大気まで直接輸送するような何らかのプロセスの存在を示唆しています。
これを説明する仮説として有力なのが、火星で砂嵐が起こった時にダストが大量に巻き上げられ、そのダストが太陽の日射を吸収することで、ハイグロポーズ付近が加熱され、それによって水が凝縮せずに上層大気まで運ばれるようになった、というものです。
2020年11月13日にサイエンス誌で発表された論文で、NASAの火星探査機 MAVENの観測データを用いて、この仮説が検証されました。
MAVENには中性分子とイオンの質量分析器が搭載されており、最も低いところで火星の高度150kmを飛ぶことで、上層大気の化学組成を直接計測することができます。
2014年から2018年にかけて観測した結果、特に2018年に発生した火星全域を覆う大規模な砂嵐の時に、上層大気の水蒸気が通常の20倍も増加したことがわかりました。
他の、より小規模な砂嵐の時にも水蒸気の増加が観測されました。
また、砂嵐が発生した時にダストによる光学的厚みの増加と、中層大気の温度上昇も観測されました。
これによって、ダストによる太陽光の吸収によってハイグロポーズが加熱され、上層大気へ水蒸気が大量に輸送されたという、これまでの仮説が、実際の観測によって裏付けられたのです。
こういった観測データをもとに著者らは光化学モデルを用いて、砂嵐が発生した時の上層大気での水蒸気の分解速度や、水素原子の散逸速度を計算しました。
その結果、砂嵐が発生したわずか45日間の間に、火星の一年である687地球日に相当する量の水蒸気が散逸したことがわかりました。
これまで水の散逸は一定の速度で起こると考えられてきましたが、むしろ、こういった突発的なイベントのほうが水を散逸させる上で、重要な役割を担っていることがわかったのは、非常に重要な発見です。
それでは砂嵐による水の散逸は、火星の気候進化にどのような影響を及ぼしてきたのでしょうか。
火星ではおよそ10年周期で全球を覆う大規模な砂嵐が発生します。
最近10億年間に、10年周期で砂嵐による大規模な水散逸が起こったと仮定すると、全球平均で深さ17cmにおよぶ量の水が失われたと見積もられました。
ただ、もっと昔の時代にまで、本論文の議論を外挿することは難しいでしょう。
太古の火星の大気構造は現在とはだいぶ異なっていたはずであり、砂嵐の規模や発生頻度なども変わってくるでしょう。
また太陽の活動度なども異なってきます。
しかし少なくとも現在の火星において、突発的な事象が惑星の気候進化に大きな影響を与える可能性を示したことは、本論文の重要な意義であると思います。
それでは今回もご視聴いただき ありがとうございました。
次回もお楽しみに。
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