先日発表された金星大気中にホスフィンを発見したとする論文について、研究者の視点で解説します。そして今後の動向を占う上で鍵となるのが、火星メタンにまつわる論争だと考えられます。
(目次)
0:00 金星ホスフィンの衝撃
0:23 火星メタンとの共通点
0:56 メタン論争
1:49 懐疑派の急先鋒
2:27 金星ホスフィン論文の裏側
3:49 カール・セーガンの遺訓
(参考文献)
Greaves, J.S., Richards, A.M.S., Bains, W. et al. Phosphine gas in the cloud decks of Venus. Nat Astron (2020)
https://doi.org/10.1038/s41550-020-1174-4
Mumma, M.J., Villanueva, G.L., Novak, R.E. et al. Strong Release of Methane on Mars in Northern Summer 2003. Science (2009)
https://science.sciencemag.org/content/323/5917/1041
Zahnle, K., Freedman, R.S., Catling, D.C. et al. Is there methane on Mars? Icarus 212, 493-503, 2011.
https://doi.org/10.1016/j.icarus.2010.11.027
Zahnle, K. and Catling, D.C. The Paradox of Mars Methane.
Ninth International Conference on Mars, held 22-25 July, 2019 in Pasadena, California. LPI Contribution No. 2089, id.6132
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2019LPICo2089.6132Z/
(関連動画)
宇宙冒険隊 金星にホスフィン発見!でも、何がすごいの?
• 金星にホスフィン発見!でも、何がすごいの?
(映像素材)
NASA/GSFC/JPL, ESO, JAXA/ISAS, NRAO, UP, SpaceEngine
(字幕全文)
9月14日に発表された 金星大気中にホスフィンを検出したとする論文は、
世界に衝撃を与えました。
既にみなさんも各種メディアで目にされたと思いますが、
個人的にも惑星科学で今年一番インパクトのある論文だと感じました。
しかしこの論文の結論に跳びつく前に、
私たちが思い出すべき教訓があります。
2009年に火星大気中にメタンを発見したとの論文が出版された際にも、
同じような衝撃が世界を駆け巡りました。
実は今回の金星ホスフィンの論文と、11年前の火星メタンの論文は、
多くの共通点があります。
どちらの惑星も二酸化炭素を主体とする酸化的な大気をもつこと。
地上望遠鏡での発見であったこと。
すぐに酸化されて失われるはずの還元的なガスが発見されたこと。
地球ではどちらも生物活動に起因するガスであること。
そして太陽系外側のガス惑星では既に検出されているガスであること。
それでは火星メタンの論文は、
その後どのような運命を辿ったのでしょうか。
火星のメタンにまつわる歴史は古く、
最初の報告は1969年のマリナー7号まで遡ります。
探査機搭載の近赤外分光計で3ミクロン付近に、
メタンとアンモニアの吸収が確認されたと報道され、
大きな騒ぎとなりました。
どちらも地球では生物活動と深く関わるガスであり、
火星に生命がいるかもしれないとの大きな期待を人々に抱かせたのです。
しかし結局この時の観測データは、
極域のCO2氷に由来するものであることがすぐに判明しました。
21世紀に入ってからは、探査機によってメタンを検出したとする報告や、
逆に検出できなかったとの報告も相次いでおり、
状況は今も錯綜しています。
検出できたとする論文にも、コンタミを除去できていないとの指摘や、
機器のノイズを見ているだけとの根強い反論があり、
火星コミュニティを分断する話題となっています。
こういった状況で火星メタン懐疑派の急先鋒となってきた人物が、
NASAエイムズ研究センター所属でAGUフェローでもある、
大気化学の著名な専門家ケビン・ザンレ博士でした。
2009年にNASAゴダードを中心とするグループが、
地上望遠鏡で火星メタンの発見を報告した際には、
その2年後にザンレ氏が、
地球大気メタンのコンタミであると痛烈に反証したことで、
大きな論争が巻き起こりました。
2019年に開かれた国際火星会議でも、
キュリオシティによるメタン検出に疑問を投げかける発表を行っており、
データの解釈を巡って、
世界で最も厳しい目を持った研究者であることは間違いないでしょう。
話を金星ホスフィンの論文に戻します。
この論文で注目すべき点は、査読をあのザンレ氏が務めたことです。
論文の著者としては恐らく最も当たりたくなかった相手でしょうが、
Nature Astronomy編集部は火星メタンの状況をよく承知していて、
あえてザンレ氏を査読者としてぶつけたものと考えられます。
著者と査読者の間でどのようなやり取りがあったのかはわかりませんが、
少なくとも彼の査読を突破したことの意義は大きいと考えられます。
ただ、今回の論文は二つの電波天文台を使って、
ホスフィンに起因する一つの吸収を見ているだけですので、
今後別のチームによる追観測が必要なのは間違いありません。
ホスフィンは今回観測された電波の波長以外にも、
いくつかの吸収が近赤外や電波領域にあるため、
今後そういった波長でホスフィンの存在を確定させる観測が必要です。
しかし、地上望遠鏡ではどうしても地球大気のコンタミが入りやすいので、
最終的には宇宙望遠鏡や探査機による追観測が要求されます。
また今回の論文では光化学モデルの詳細は記述されておらず、
別論文として報告するとのことなので、
そちらが公開されたら内容を精査する必要があります。
論文を読んでいて個人的に気になった点については、
コメント欄にまとめておりますので興味のある方はご参考ください。
いずれにしろ今回の論文が今後、
金星の大気化学や地表での反応などに関する理解を、
大きく前進させるきっかけとなるはずです。
かつてカール・セーガンは次のような名言を残しました。
"途方もない主張には、途方もない証拠が要求される"
1976年のバイキング着陸機による火星表面での生命反応検出実験、
1996年に火星隕石 ALH84001 の中に見つかった微生物化石状の痕跡、
そして21世紀の火星メタン。
これらは今でもデータの解釈を巡って議論が続けられているテーマです。
金星ホスフィンの論文も今後そうなっていくでしょう。
これらの問題を解明しようと努力していくことで私たちは、
生命の起源という究極的な問いに一歩近づいていくのです。
それでは今回もご視聴頂き、ありがとうございました。
金星のハビタビリテイについては、
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それではまた。
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