こんにちは、Harunaです!
今回は「まるで教科書の世界?世界遺産アユタヤに行った話」というタイトルでお届けします。
タイ旅行4日目のこの日は、世界遺産のアユタヤへ行ってきました!
教科書にも載る“アユタヤ”ですが、一体どんな場所で、どんなことができるのか、この記事を通して皆さんにご紹介します。
それでは早速、見ていきましょう!
これまでのタイ旅行に関する記事はこちらから
「2026年最新! 高校生が行くタイ・バンコク旅」
世界遺産アユタヤへ行ってみたら…?!
アユタヤへの1日がスタート!
タイ旅行4日目。
この日は、タイ在住のお友達が、世界遺産・アユタヤを1日案内してくれることになりました。
アユタヤはバンコク市内から車で1時間ちょっとと距離があり、個人で行く場合はツアーを利用する人が多い場所です。
そんな中、現地の方に連れて行ってもらえることになり、すごく貴重な機会だと感じました。
この方は、母を通して知り合った方でLINEなどをしてやり取りはしていましたが、直接会うのはこの日が初めて。
説明が少し複雑になるため、以後は「お友達」と表記します。
そして、朝8時にホテルまで迎えに来てくれて少し緊張しながらも、お友達の旦那さんの運転でアユタヤへ向かいました。
アユタヤへの道のり
寄り道せずに向かうと、アユタヤまでは約1時間前後。
私たちは日本でいうサービスエリアによってご飯を食べたり、カフェに寄ったりしたので2時間ほどで到着しました。
行く道中では、車窓から見える景色も、バンコクとは少し違って自然が増えていくのが印象的でした。
そして、アユタヤに着いてまず向かったのは、私がずっと楽しみにしていたアクティビティです!
念願のゾウ乗り体験!
アユタヤでやりたかったことの1つが「ゾウに乗ること」。
アユタヤはゾウ乗りでも有名なので、「ここまで来たなら絶対に乗りたい」と思っていました。
近づくにつれて、普通に道路を歩いているゾウの姿が見えてきて、一気にワクワク。
入口付近には写真撮影用なのか、被り物をつけたゾウがいて、指示に合わせてポーズを変えてくれました。
大体1人50バーツ(250円〜300円)程で一緒に写真を撮ることができます。
象の膝に座ったり、鼻を触ったりして、ゾウが人の言葉や合図を理解していることに驚きました。
ゾウを触ってみた感触は、硬くてザラザラで、例えるなら「硬いスポンジに毛が生えている感じ」でした。笑
ゾウの背中から見る景色
ゾウに乗るためのチケットは日本円でおよそ1000円ほど。
20頭近くのゾウが交代しながら人を乗せていて、私たちは少し大きめのゾウに乗ることになりました。
歩き始めは揺れが大きく、正直少し酔いそうになりましたが、5分ほどで慣れてきて、ゾウの動きに自然と体を合わせられるように!
象使いさんが足で合図を出すと、ゾウが右に曲がったり、障害物を避けたりする姿はすごかったです。
折り返し地点では、反対側から来たゾウに乗っている観光客の写真を撮る場面もあり、ゾウ同士がちゃんと止まって待ってくれる様子に、「理解して行動しているんだな」と感心しました。.png)
(ゾウの背中と見える景色)
餌やり体験もできる!
往復35〜40分ほどのゾウ旅を終えた後は、ゾウたちに餌をあげる時間。
バナナや草などが入ったセットを購入し、思う存分餌やりを楽しみました。
途中で鼻水をかけられるというハプニングもありましたが、それも含めて楽しく素敵な思い出です。笑
この体験は動物が大好きな私にとって、今回の旅の中でもトップクラスに楽しい時間でした。.png)
(ゾウの食べ物とゾウたち)
世界遺産・アユタヤ遺跡へ
ゾウ体験の後は、車で5分ほど移動して、いよいよアユタヤ遺跡の見学へ。
外国人は入場料が必要で、80バーツ(約400円)ほどで入ることができます。
最初に目に入ったのが、木の根に包まれた仏像の頭で有名な「ワット・マハタート」
16世紀ごろ、戦争によって胴体から落ちた仏頭が、長い年月をかけて木の根に取り込まれ、現在の姿になったといわれています。
自然と歴史が合わさったこの光景は、写真で見る以上に迫力がありました。.png)
(ワット・マハタートと遺跡)
アユタヤの歴史って?
アユタヤの歴史について簡単に説明しておきます。
アユタヤは1350年に建都され、1767年に滅亡するまで、約417年間にわたりタイの中心として栄えた都市です。
チャオプラヤー川とその支流に囲まれた地形を活かし、国際貿易都市としても発展しました。
現在は、赤茶色のレンガでできた仏塔や寺院跡が点在し、歴史を語りかけてくれます。
「ワット・プラシーサンペット」の3つの仏塔は特に有名で、かつての王族の遺骨が納められていたとされています!
(3つの仏塔)
アユタヤに日本人村…?!
今回は訪れませんでしたが、アユタヤには「日本人村」と呼ばれる場所もあるのです。
江戸時代初期、日本を離れた武士や商人、キリスト教徒たちが移り住み、一時は約8000人もの日本人が暮らしていたそうです。
鎖国によって新たな渡航ができなくなり、次第にタイ社会に溶け込んでいったといわれています。
タイにはさまざまな顔立ちの人がいると感じたのですが、こうした歴史が背景にあるのかもしれないなと個人的に思いました。
最後に・まとめ
今回は「まるで教科書の世界?世界遺産アユタヤに行った話」というタイトルでお届けしました。
アユタヤを歩いて感じたのは、「歴史は遠い昔の話ではない」ということです。
遺跡一つひとつに、人々の暮らしや交流の痕跡が残っていて、まるで教科書の世界に入り込んだような感覚になりました!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
また次回の記事でお会いしましょう!








