皆さん、こんにちは。
突然ですが皆さん、「戦争」と聞くと、どれくらいの期間を想像しますか?
例えば、日本が敗戦した太平洋戦争では約3年9ヶ月。現在も続くロシアによるウクライナ侵攻では、すでに3年以上の月日が経過しており、多くの生命と財産が奪われています。
このように、戦争というものは悲惨で、そして長期化しやすいものというイメージが強いと思います。
しかし、歴史上にはわずか38分で終わった戦争が存在します。それがギネスにも登録された「世界一短い戦争」です。
今回は僅か38分で終わった世界一短い戦争について紹介します。
世界一短い戦争とは?
この世界一短い戦争は、「英・ザンジバル戦争」です。
発生したのは1896年8月27日午前9時2分。そして戦争の終結は同日の午前9時40分。
つまり、わずか38分で終わった戦争だったのです。
ではなぜ、こんなにも短時間で終結したのでしょうか?
舞台はザンジバル島
戦争の舞台となったのは、現在のタンザニア沖に浮かぶザンジバル島。
当時のザンジバルは、イギリスの保護国として、ある程度の自治が認められていました。
1896年8月25日、当時のスルタン(君主)であったハマド・ビン・スワイニー(親英派)が死去。
これを受けて、ハリド・ビン・バルグハシュ(反英派)が新たなスルタンとして即位を宣言しました。
しかし、イギリスはこの即位を認めませんでした。代わりに、親英派をスルタンに擁立しようとしたのです!
ついに武力衝突へ
イギリスはハリドに対し「即位を撤回しなければ武力行使する」と最終通告を出しました。
しかしハリドは王宮に立てこもり、大砲などで武装し、抵抗の構えを見せます。
そして8月27日午前9時2分、イギリス海軍はザンジバル王宮に向けて攻撃を開始。
これが戦争の始まりでした。
王宮側はわずかな反撃を試みたものの、圧倒的な軍事力を前にほとんど歯が立たず、38分後の午前9時40分に戦争は終結しました。
戦争の結末とその後
ハリド・ビン・バルグハシュは王宮の崩壊後、ドイツ領事館に逃亡。その後、ドイツ本国へ亡命しました。
イギリスはすぐに親英派のスルタンを擁立し、ザンジバルの支配体制を強化することになります。
死傷者は、
- ザンジバル側:死者約500人
- イギリス側:死者1人、負傷者1人
わずか38分の戦争にもかかわらず、両国で計500人以上の命が失われる結果になりました。
「たった500人」と感じる人もいれば、「わずか38分で500人も」と感じる方もいるかもしれません。
どちらにしても、人の命が奪われたという事実は重く、決して軽視できません。
戦争は何をもたらしたのか?
この戦争は「イギリス帝国主義の象徴」とされることもあります。
ザンジバルはその後もイギリスの強い影響下に置かれ、1963年12月に独立するまで、事実上の統治が続きました。
まとめ
このようにわずか38分で終わった「英・ザンジバル戦争」が世界一短い戦争となっています。
現在もロシアによるウクライナ侵攻やハマスによる攻撃により始まった中東のガザ地区など、多くの地域で戦争や紛争が続いています。
38分で終わったザンジバル戦争とは対照的に、現代の戦争は長期化・泥沼化しやすく、多くの人命や生活が奪われています。
この歴史を振り返ると、「軍事力の圧倒的差」が戦争の早期終結に影響を与えたことが分かります。
イギリスのように、相手に反撃させないほどの抑止力を持っていたことが、38分という短さを可能にしたのです。
これからも日本が平和であり続けるためには、他国に侵略されないための強固な抑止力が必要かもしれません。
皆さんも、日本の平和を守るために、今一度「何が必要なのか」を考えてみてはいかがでしょうか?
最後までありがとうございました。








