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帝国主義


概要

帝国主義は、アジア・アフリカなどの海外へ植民地を拡大することで、国家が繁栄するという考え方です。

アフリカ中国太平洋やラテンアメリカなど世界中に展開されました。

拡大の過程などで衝突が起きこれらの列強諸国は二極分化し、大戦を迎えることとなります。

まとめ→近代ヨーロッパ

時代

19世紀後半〜20世紀初頭

詳細

概要

産業革命を達成したイギリスを追って、アメリカ合衆国やドイツでは第二次産業革命が起こりました。

そして主要国の資本主義が発展し、競合するようになると、列強はアジア・アフリカ地位域での植民地獲得や勢力拡大を目指す、帝国主義を取るようになりました。

イギリス

繁栄を迎えていたイギリスでは保守党のディズレーリ首相が、1870年代以降の不況などを背景に、スエズ運河株式会社の株を買収し、エジプトを支配下におくなど、勢力圏を拡大しました。

またジョセフ=チェンバレン植民相の下で、植民地との連携強化が図られ、南アフリカ戦争を起こしました。

イギリス国内では、社会主義を目指す労働党が結成され、また議会法で下院の上院に対する優越を定めました。

独立をめぐって争っていたアイルランドについて、1914年にはアイルランド自治法が成立しましたが、第1次世界大戦を理由に実施を延期したため、シン=フェイン党などはイースター蜂起を起こしましたが鎮圧されました。

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フランス

第三共和制期のフランスでは、ブーランジェ事件ドレフュス事件などの共和政攻撃の動きが起こりました。

一方で、社会革命の実現を目指す動きに対して、フランス社会党が成立し、この動きを抑えました。

また1905年に政教分離法が発布され、共和国は安定しました。

ドイツ

ドイツでは、ヴィルヘルム2世が即位しビスマルクを退位させると、 「世界政策」 の名の下に強引な帝国主義政策を追求しました。

1890年に社会主義者鎮圧法が廃止されたことで、社会民主党は急速に力を伸ばし、また議会主義的改革を重視する修正主義が現れました。

ロシア

改革後後のロシアは、シベリア鉄道建設などの国家事業による国内開発を進めました。

またロシア社会民主労働党が成立してボリシェヴィキメンシェヴィキに分裂し、ナロードニキの流れをくむ社会革命党が成立しました。

1905年に日露戦争での劣勢を背景に血の日曜日事件が起こると、モスクワでは労働者らがソヴィエトを結成して蜂起する第1次ロシア革命が起きました。

政治改革の要求に対して、ニコライ2世十月宣言を発して、ドゥーマの開設を約束し、自由主義者のウィッテを首相に起用しましたが、革命後、再び専制的姿勢を強めました。

そして首相となったストルイピンは、ミールを解体し独立自営農民を育成しようとしましたが失敗したため、農民らの不満を和らげるため再び南下政策を積極化させました。

アメリカ合衆国

世界最大の工業国となったアメリカ合衆国では、移民の流入による都市の貧困化などの社会問題が深刻化し、海外進出を求める声も高まっていました。

共和党のマッキンリー大統領は、1898年にアメリカ=スペイン戦争を起こして勝利し、スペインの植民地を獲得し、キューバを保護国化しました。

そして、共和党のセオドア=ローズヴェルト棍棒外交と呼ばれる武力による中南米への制圧活動や、パナマ運河の建設などのカリブ海政策も積極的に行いました。

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関連単語

ジョセフ=チェンバレン / スエズ運河 / セシル=ローズ / 第二次産業革命 / 血の日曜日事件

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