これまで冥王星に関するニューホライズンズのデータ解析は、表側に集中していましたが、最近出版された論文で、フライバイ時に探査機からは見えなかった裏側の解析も行われました。その結果、内部海の痕跡や冥王星の気候に関連する地形など、重大な発見と共に新たな謎も生まれましたので、解説します。
(目次)
0:00 謎に満ちた冥王星の裏側
1:24 カオス地形の発見
2:36 巨大な亀裂
3:09 剣状地形
4:22 冥王星への再探査
(参考文献)
S.A. Stern, O.L. White, P.J. McGovern, et al. Pluto's Far Side, Icarus, 2020, 113805, ISSN 0019-1035,
https://doi.org/10.1016/j.icarus.2020.113805.
C.A. Denton, B.C. Johnson, A.M. Freed, et al. Seismology on Pluto? Antipodal Terrains Produced by Sputnik Planitia-forming impact. 51st Lunar and Planetary Science Conference, 1220, 2020.
https://www.hou.usra.edu/meetings/lpsc2020/pdf/1220.pdf
J.M. Moore, A.D. Howard, O.M. Umurhan, et al. Bladed Terrain on Pluto: Possible origins and evolution. Icarus 300, 129-144, 2018.
https://doi.org/10.1016/j.icarus.2017.08.031
Shannon Hall. Pluto’s dark side spills its secrets — including hints of a hidden ocean. Nature. 2020
https://www.nature.com/immersive/d41586-020-02082-1/index.html
(映像素材)
NASA/Ames, JHUAPL, SwRI, SpaceEngine, Lockheed Martin
(字幕全文)
2015年に冥王星をフライバイしたNASAのニューホライズンズ探査機。
この時の観測によって、
それまで太陽系最果ての死んだ冷たい天体だと思われていた冥王星が、
驚くほど地質活動に富む天体であることがわかり、
近年の惑星科学における最大級の発見となりました。
しかしこれまでニューホライズンズの観測データにおいて、
主に解析されてきたのは、冥王星表面の半分ほどでしかありません。
冥王星の自転周期は6.3日、
それに対して探査機のフライバイはわずか数時間の出来事なので、
高い空間分解能で観測できた地域は、
探査機から見えた冥王星の約半分の地域、
ちょうど衛星カロンの反対側の領域だけでした。
今年の4月に惑星科学の専門誌 イカルスで発表された論文で、
最接近時には見えなかった冥王星の裏側の領域、
ちょうどカロンのほうを向いている地域に関するデータが報告されました。
冥王星の裏側は、ニューホライズンズが最接近する何日も前から、
探査機搭載のモノクロ望遠カメラやマルチバンドカメラで撮像されています。
最接近時の表側の画像に比べたら、解像度が20から50倍も悪いですが、
それでも地球軌道からハッブル宇宙望遠鏡で撮像するよりも、
250倍も解像度が高いので、非常に貴重なデータと言えます。
裏側の画像解析によっていくつもの重要な発見があったと同時に、
新たな謎も生まれています。
一つめは、表側にあるスプートニク平原とちょうど反対側の領域に、
カオス地形が存在する可能性があることがわかった点です。
カオス地形は、尾根や亀裂、平地がぐちゃぐちゃに混ざったような地形で、
太陽系では火星や水星、エウロパなどで発見されています。
このような地形を作った原因として考えられているのが、天体衝突です。
衝突地点から発生した衝撃波が天体を伝わっていき、
ちょうど衝突地点の反対側で収束した結果、
このようなカオス地形を生んだという仮説があります。
この仮説にもとづいて、
今年開かれた惑星科学の国際学会LPSCで発表された研究では、
冥王星の内部構造のパラメータを振って、
衝突数値シミュレーションを行ったところ、
冥王星の地下に厚さ150kmの内部海が存在しないと、
このような地形が発生しない、ということが示されました。
これまで、表側にあるスプートニク平原の存在から、
冥王星の内部海の存在は確実視されてきましたが、
海がどの程度の厚さで、どのぐらいの規模で広がっているのか、
いまだによくわかっていないため、
この研究は重要な制約を与えてくれそうです。
ただし、裏側の画像は解像度が悪いため、
そもそもカオス地形が本当に存在するのか疑問視する研究者もいます。
二つ目の重要な発見は、表側に見られた巨大な亀裂が、
冥王星の北極を通って、裏側まで続いていることが確認されたことです。
似たような地形は、地球では東アフリカ大地溝帯で確認されており、
こちらは大陸の分裂によって生じていますが、
冥王星の場合は海が冷えて凍るにつれて体積が膨張したことで、
亀裂が生じたと解釈することができます。
こういった天体規模の巨大な亀裂が存在するということは、
従来の想定よりも、
内部海が全球的に広がっている可能性があることを示唆しています。
そして、三番目の発見はさらに衝撃的なものでした。
高層ビルよりも高い、
ナイフのように尖った氷の柱が何本も突き立った地域が、
裏側にも多数発見されたのです。
こういった剣状地形は2017年に表側でも発見されていましたが、
今回の論文で裏側には剣状地形が、
さらに大規模に広がっていることがわかりました。
剣の成分はメタンの氷であることがわかっていますが、
その成因については謎に包まれており、二つのモデルが提唱されています。
一つめのモデルは、冬によく見られる霜と同様に、
大気中のメタンが凍って降り積もってできたとするもの。
もう一つのモデルは、古いメタンの氷の層が太陽光によって昇華し、
浸食されて形成したというもの。
地球上では、ペニテンテと呼ばれる、
似たような剣状地形がアンデス山脈で確認されています。
ただしペニテンテは数メートルの高さなのに対して、
冥王星の剣状地形は高さ1kmにも達します。
ペニテンテは2番目のモデルで説明されていますが、
冥王星の剣状地形の向きは、必ずしも太陽の方向とは一致しないため、
全てをこのモデルで説明するのは難しいと考えられています。
一方で最初のモデルも、
明るい霜のような成分が発見されていないことから、
こちらも弱点があります。
これらの新たな謎を解き明かすには、再び探査機を送り込んで、
解像度の高い裏側の画像を得る必要がありますが、
2030年代または2040年代に打ち上げたとしても、
冥王星に到達するにはさらに15年間かかります。
多くの革命的な発見を成し遂げたニューホライズンズ探査機は、
一方で未解決の難問を将来の世代に残していきました。
人類が再び太陽系の外側に挑戦する日は来るのでしょうか。
それでは今回もご視聴頂き、ありがとうございました。
冥王星をフライバイした後に、
ニューホライズンズ探査機はカイパーベルト天体
アロコスの観測も行っています。
この時の観測結果を解説する動画も以前制作しましたので、
興味のある方はご視聴ください。
よかったらチャンネル登録していただけると嬉しいです。
それではまた。
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