数式が長すぎて、字を小さく書かざるを得なかったのですが、読みにくかったらすみません。
今年は予備校での仕事を大幅に減らしたのですが、「健康な人間は勤勉に働かなくてはならない」という固定観念がぬぐいきれず、中々この生活に慣れません。
個人的に日本人は今を犠牲にして勤勉に働きすぎだと感じます。
別の言い方をすると、他人に時間を奪われすぎて自分の時間を生きていないと感じます。年収がどうのとか、忙しさがどうのとかを競い、世の中の同調圧力に影響を受けていることにすら気づいていない人が大半なのではと感じます。
死ぬ間際に人が後悔することの代表として「働きすぎた」「もっとやりたいことをやればよかった」が必ず挙げられます。
働いていると今この瞬間は効率良く時間を使ってお金に変えているように感じて後悔ないわけですが、それは多大な時間と引き換えているわけで死ぬ間際にはその時間の使い方が後悔に変わる割合が高いということです。
しかし、仕事を辞めて膨大な時間が手に入っても、人はその時間の使い方がわからず、また誰かに自分の時間を預けて働くことを選んでしまうのだと思います。もちろん他人に貢献することは大切なことだとは思いますが、問題は自分のための時間の使い方がわからないことです。
そうなってしまう原因が学生時代の時間の過ごし方にあると僕は考えています。中学生でも高校生でも、学校、部活、塾など、自分でどう時間を使うかを考える余裕もなく、他人に自分の時間を預けることしか経験していません。中学受験をする小学生などは、小学校に通いながら低学年の頃から、すべての時間を他人に決められてしまっていて、どうなのかと個人的には思います。
受験勉強についても自分で考えてというよりは、周りの影響でやっているという人が99%のはずです。
本当に自分の時間を生きているというのは、誰も勉強などしない、誰も大学に進学しないような学校に通いながら1人黙々と勉強することだったり、周りがみんな大学受験の勉強をする中で、1人黙々と漫画家を目指して漫画を描いていたり、という状況のことを指すと僕は感じます。
今後の世の中は、言われたことをやるような業務は99%AIに奪われて、娯楽も勉強もわずかなお金でできるようになり、お客さんがお金を払う価値があると感じるものは激減し、人口減少とともにどんどん賃金を得るのが難しくなっていくはずです。
何が言いたいかというと、高校生のうちは「この大学に入りたい、合格したい」と合格をゴールに考えがちですが、それではいつの間にか大学生の時間は終わり、その後はまた他人のために時間を使い続ける社会人生活が始まり、気づいたら人生が終わる確率が高いので、高校生のうちから大学に入ったら「自分の時間をこう使いたい」と考えておくことが大事です。