世界史一問一答問題集 重商主義・啓蒙専制主義
以下、問題と回答です。
問1
イングランドにおいて、エリザベス1世の死後に即位し、ステュアート朝を開いたスコットランド王は誰か
答え:ジェームズ1世(スコットランド王としては:ジェームズ6世)
補足
これによりイングランドとスコットランドは同君連合となった
問2
ヨーロッパにおける、絶対王政国家の権力は神から授かったものとする政治思想は何か
答え:王権神授説
問3
ピューリタンへの厳しい弾圧や王権神授説に基づく専制政治を行い、議会と対立して1649年に処刑されたステュアート朝の国王は誰か
答え:チャールズ1世
問4
1628年にイギリス議会がチャールズ1世に抵抗して提出した、不当な課税や人身を不当に拘束することなどの禁止を求めた文書は何か
答え:権利の請願
問5
1640年〜60年にかけて起こった、ステュアート朝の絶対王政に対する市民革命は何か
答え:イギリス革命(ピューリタン革命)
問6
チャールズ1世のスコットランドに対する国教会強制に対しておこった、イギリス革命の契機となった反乱は何か
答え:スコットランドの反乱
補足
チャールズ1世は反乱鎮圧費を得ようと短期議会(1640)、長期議会(1640〜1653)を招集したが、議会と国王の対立がさらに深まり、
問7
イギリス革命において国王を支持した、特権的大商人や貴族、大地主層を中心とする党派は何か
答え:王党派
補足
これに対して議会による改革推進を支持する党派を議会派と呼ぶ(のちに長老派・独立派・水平派に分裂した)
問8
独立派を率いて革命を指導し、王政を廃止して共和政を実現した後、1653年に護国卿となって独裁的な権力を握った、ジェントリ出身でピューリタンの政治家は誰か
答え:クロムウェル
補足
反革命運動を抑える口実で、アイルランド征服(1649)とスコットランド征服(1650)を実行した
問9
イギリス革命においてクロムウェルが編制し、ネーズビーの戦い(1645年)などで活躍した騎兵部隊は何か
答え:鉄騎隊
問10
オランダの中継貿易を妨害し、イギリス貿易を保護・促進するために1651年に制定された貿易統制法は何か
答え:航海法
補足
第一次イギリス=オランダ戦争(1652〜1654)のきっかけとなった
問11
クロムウェル死後の1660年に「ブレダの宣言」を発して絶対王政の復活を否定したことで、議会から承認されて即位した(王政復古)ステュアート朝の国王は誰か
答え:チャールズ2世
補足
第二次イギリス=オランダ戦争
第三次イギリス=オランダ戦争
問12
チャールズ2世のカトリック政策に対抗するため、1673年に議会が制定した国教徒以外は官職に就けないとする法律は何か
答え:審査法
問13
チャールズ2世に暴政に対抗して1679年に議会が制定した、正当な理由のない逮捕や投獄の防止を目的とした法律は何か
答え:人身保護法
問14
1685年に即位し、カトリック復興を強行しようとして議会の反発を受け、1688年に王位を失ったステュアート朝の国王は誰か
答え:ジェームズ2世
補足
カトリック教徒であるジェームズ2世の即位を巡って議会の意見が分かれ、トーリ党(保守党の前身)とホイッグ党(自由党の前身)の2党派が生まれた
問15
1688年から1689年にかけて起こった、イギリス議会がジェームズ2世を追放し、ジェームズ2世の娘メアリとその夫でオランダ総督のウィレムを共同統治の王として迎えた、イギリス革命に次ぐ二度目の革命は何か
答え:名誉革命
補足
メアリはメアリ2世として、ウィレムはウィリアム3世として即位した
問16
1689年、名誉革命後の議会で可決された、王権の制限や国民の諸権利などを規定した文書は何か
答え:権利の宣言
問17
1689年、メアリ2世・ウィリアム3世が承認した権利の宣言に、議会が若干の補足を加えて制定した法律は何か
答え:権利の章典
問18
名誉革命後のイギリス等の近代国家において確立された、君主が主権を有するが憲法などの法規によってその権限を制限し、国民の権利の保護を図る政治形態は何か
答え:立憲君主制
問19
1694年に設立され、イギリス資本主義の発展に寄与した中央銀行は何か
答え:イングランド銀行
問20
1707年にスコットランドとの合同を果たして大(グレート)ブリテン王国を成立させたステュアート朝の国王は誰か
答え:アン女王
問21
アン女王の死によるステュアート朝断絶後、ドイツから招かれて即位しハノーヴァー朝を開いた国王は誰か
答え:ジョージ1世
問22
ホイッグ党の指導者として1721年に大蔵大臣となり実質的に内閣を主導した、イギリスの初代首相とされる政治家は誰か
答え:ウォルポール
補足
内閣
国の行政を担う政治機関
のちに議会に責任を持つ責任内閣制が確立した(国王は君臨すれども統治せず)
問23
1643年に即位し、1661年の新政開始以降、産業の保護や海外植民地の拡大につとめ、また盛んに侵略戦争を行って領土を拡大したフランス絶対王政全盛期の国王は誰か
答え:ルイ14世
補足
1685年にナントの王令を廃止した
問24
1661年にルイ14世の財務総監となり、重商主義政策を推進して東インド会社の再建や王立マニュファクチュア創設などを行った政治家は誰か
答え:コルベール
問25
ルイ14世がパリ郊外に建設し、政治・宮廷文化の中心となったバロック式宮殿は何か
答え:ヴェルサイユ宮殿
問26
1667年に始まった、ルイ14世がスペイン領ネーデルラントに侵攻した戦争は何か
答え:南ネーデルラント継承戦争
補足
これに対抗してオランダとイギリスが出兵し、フランスはフランドル地方の一部を獲得するにとどまった
問27
1672年から1678年にかけて起こった、南ネーデルラント継承戦争で敵方にたった報復として、ルイ14世がオランダへ侵攻した戦争は何か
答え:オランダ戦争
補足
ナイメーヘンの和約(1678)により終結した
問28
1689年から1697年にかけて行われた、ドイツのファルツ選帝侯領に対するルイ14世の侵略戦争は何か
答え:ファルツ戦争
補足
ライスワイク条約(1697)により終結した
問29
1701年~1713年にかけて、ルイ14世が孫のフィリップをスペイン王の継承者としたことで起こった、フランス・スペイン連合軍とイギリス・オランダ・オーストリア・プロイセン等の連合軍との戦争は何か
答え:スペイン継承戦争
補足
並行して、北アメリカにおいて制海権・植民地を巡りイギリスとフランスの間でアン女王戦争(1702〜1713)がおこった
問30
1713年にイギリスとフランス・スペインなどの間で締結されたスペイン継承戦争・アン女王戦争の講和条約は何か
答え:ユトレヒト条約
補足
ユトレヒト条約の主な内容
・フランスとスペインが永遠に合同しない事を条件にフィリップ(フェリペ5世)のスペイン王位継承を承認
・イギリスはスペインからジブラルタル・ミノルカ島を、フランスからニューファンドランド・アカディア・ハドソン湾地方を獲得
・オランダはスペイン領ネーデルラントの数市を獲得
・プロイセン公国は王号を認められる
問31
軍国主義政策を採り、プロイセン大国化の基盤を築いた18世紀前半のプロイセン国王は誰か
答え:フリードリヒ=ヴィルヘルム1世
問32
18世紀以降プロイセンの政治における支配階級を構成した、エルベ川以東の土地貴族の呼称は何か
答え:ユンカー
問33
国力を増強し、オーストリア継承戦争や七年戦争でのシュレジエンの獲得やポーランド分割への参加(第1回)等により領土拡大に成功し“大王”とも言われる18世紀後半のプロイセン国王は誰か
答え:フリードリヒ2世
問34
オーストリア継承戦争や七年戦争でプロイセンに破れるも、その間に軍事力強化やフランスとの接近を進めてオーストリアを強国に成長させたハプスブルク家出身のオーストリア大公は誰か
答え:マリア=テレジア
補足
夫は神聖ローマ皇帝フランツ1世
問35
プロイセンが台頭したことを背景に、長く対立してきたオーストリアのハプスブルク家とフランスのブルボン家の関係が、対立から同盟関係に変化したことを指す言葉は何か
答え:外交革命
問36
マリア=テレジアの子であり、啓蒙専制君主として宗教寛容令(1781年)や農奴解放令(1781年)などの自由主義的改革を行った神聖ローマ皇帝は誰か
答え:ヨーゼフ2世
補足
ポーランド分割(第1回)に参加
問37
ロシアにおいて、17世紀後半に起こったドン=コサックを中心とする大農民反乱の指導者は誰か
答え:ステンカ=ラージン
問38
西欧視察を行ってロシアの近代化と強国化を進め、外政面においても積極的進出を行った”大帝”とも言われる17世紀末~18世紀前半のロシア皇帝は誰か
答え:ピョートル1世
補足
1689年に清の康熙帝とネルチンスク条約を結び国境を定めた
問39
1700年から1721年にかけて起こりロシア台頭の契機となった、ピョートル1世がポーランド・デンマークと同盟を組みカール12世率いるスウェーデンを破った戦争は何か
答え:北方戦争
補足
これによりバルト海の覇権がロシアに移った
問40
ピョートル1世が1703年から建設を開始し1712年から首都とした、バルト海に面した港湾都市はどこか
答え:ペテルブルク
補足
”西欧への窓”として西欧化政策の中心地となった
問41
18世紀前半にピョートル1世の命令でシベリア探検を行ったデンマーク出身の探検家は誰か
答え:ベーリング
補足
ベーリング率いる探検隊は1741年にアラスカに到達した
問42
啓蒙専制君主としてロシアの大国化を進め、クリミア半島への進出やポーランド分割参加(第1回・第2回・第3回)等により領土を拡大したロシアの女帝は誰か
答え:エカチェリーナ2世
補足
プガチョフの農民反乱(1773〜1775)やフランス革命を機に反動化した
問43
1792年、エカチェリーナ2世の命で根室に来航し、日本に開国を迫った初の訪日ロシア使節は誰か
答え:ラスクマン
問44
祖国ポーランドの分割に抵抗して1794年に民族蜂起軍を指導して戦い、その後もポーランド独立運動に尽力したポーランドの軍人は誰か
答え:コシューシコ