世界史一問一答西ヨーロッパの成立
以下問題と解答になります。
問1
北ドイツからスカンディナビア半島南部を原住地とするインド=ヨーロッパ語系民族は何か
答え:ゲルマン人
補足
ゲルマン人
・ケルト人を圧迫して居住地を拡大
・トイトブルク森の戦いでローマ帝国軍を破る(後9年)
問2
375年からゲルマン人の一派である東ゴート人と西ゴート人を圧迫しはじめ、ゲルマン人の大移動を引き起こした中央アジアの騎馬遊牧民は何か
答え:フン人
問 3
ガリア西南部とイベリア半島の大半を支配した、418年に西ゴート人が建てた国は何か
答え:西ゴート王国
補足
西ゴート王国
・都はトロサ→トレド(507年から)
・クローヴィス率いるフランク王国軍に敗北(6世紀初め)
・ウマイヤ朝軍によって滅亡(711年)
問 4
451年、西ローマ帝国・西ゴート王国等のゲルマン連合軍が、アッティラ王率いるフン軍を破った戦いは何か
答え:カタラウヌムの戦い
問5
476年に西ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人傭兵隊長は誰か
答え:オドアケル
問6
ビザンツ皇帝の支持を受けてイタリア半島に進出し、オドアケルを倒して493年に東ゴート王国を建てた人物は誰か
答え:テオドリック大王
補足
東ゴート王国
・都はラヴェンナ
・ユスティニアヌス帝の治世のビザンツ帝国により滅亡(555年)
・滅亡後のイタリア半島にはランゴバルト人がランゴバルド王国を建国
問7
ゲルマン人の一派であるフランク人を統一し、481年にガリア北部にフランク王国(メロヴィング朝)を建国した人物は誰か
答え:クローヴィス
補足
496年に正統とされていたアタナシウス派に改宗し、ローマ教会の支持を取りつけた(クローヴィスの改宗)
問8
732年にトゥール・ポワティエ間の戦いでウマイヤ朝軍を破った、メロヴィング朝の宮宰は誰か
答え:カール=マルテル
補足
西ヨーロッパのキリスト教世界を防衛し、カロリング家台頭のきっかけとなった
問9
ローマ教皇の承認を得てクーデターを起こし、751年にメロヴィング朝を廃してカロリング朝を開いた、カール=マルテルの子は誰か
答え:ピピン
補足
北イタリアのランゴバルド王国を攻め、奪った土地を教皇に献上した(ピピンの寄進)
問10
ランゴバルド王国を滅ぼし、ザクセン人やアヴァール人、イスラーム勢力を打倒してフランク王国の最盛期を現出したピピンの子は誰か
答え:カール(大帝)
補足
カールの内政
・国を約300の州に分け、地方長官なる伯を常駐させた
・王直属の巡察使を毎年定期的に送り、威令の徹底を図った
問11
フランク王国との連携を狙い、800年にカールにローマ皇帝の冠を授けたローマ教皇は誰か
答え:レオ3世
補足
カールの戴冠の歴史的意義
政治的意義:西ヨーロッパがビザンツ皇帝の権威からのがれて独自の権威をもった政治勢力となったこと
宗教的意義:ローマ教会がフランク王国を後ろ盾にビザンツ皇帝から独立した地位を確保したこと
問12
カールの孫であるロタール1世、ルートヴィヒ2世、シャルル2世による相続争いの結果843年に結ばれた、フランク王国分割条約は何か
答え:ヴェルダン条約
補足
ヴェルダン条約後の領土
ロタール1世:イタリア及び中部フランク
ルートヴィヒ2世:東フランク王国(後のドイツ)
シャルル2世:西フランク王国(後のフランス)
問13
ロタール1世の子ロタール2世の死去に伴い、870年に結ばれたフランク王国再分割の条約は何か
答え:メルセン条約
補足
中部フランクが西・東フランク王国に併合され、ドイツ・フランス・イタリアの原形が成立した
問14
カロリング家断絶後の東フランク王国において、919年にザクセン公ハインリヒ1世が国王に選ばれて創始した王朝は何か
答え:ザクセン朝
問15
マジャール人・スラヴ人との戦いやイタリアへの遠征で領土を拡大し、962年に教皇ヨハネス12世からローマ皇帝の冠を授かった、ハインリヒ1世の子は誰か
答え:オットー1世
補足
オットー1世の戴冠が神聖ローマ帝国の始まりとされる
問16
カロリング家断絶後の西フランク王国において、987年にパリ伯ユーグ=カペーが国王に選ばれて創始した王朝は何か
答え:カペー朝
補足
カペー朝の成立がフランス王国の始まりとされる
問17
ゲルマン人の一派であるアングロ=サクソン人が、5世紀頃にグレートブリテン島南部に建てた諸国の総称は何か
答え:アングロ=サクソン七王国
補足
829年にエグバート王が統一し、イングランド王国の基礎を作った
問18
「北の人」を意味する、スカンディナビア半島やユトランド半島を原住地とするゲルマン人の一派は何か
答え:ノルマン人
補足
8世紀末より11世紀後半にかけて海上からヨーロッパ各地に侵入し、ヴァイキングとして恐れられた
問19
ノルマン人の一派であるデーン人の侵攻を撃退し、法典の制定や学問の保護を行った9世紀末のイングランド国王は誰か
答え:アルフレッド大王
問20
862年にノルマン人の一派であるルーシを率いてノヴゴロドに侵入し、スラヴ人を支配するノヴゴロド国を建設した人物は誰か
答え:リューリク
問21
911年にフランスに侵攻し、ノルマンディー公国を建国したノルマン人の首領は誰か
答え:ロロ
問22
1066年のヘースティングスの戦いでハロルド2世を破り、イングランドを征服してノルマン朝を創始したノルマンディー公は誰か
答え:ウィリアム
補足
ノルマンディー公ウィリアムのイングランド征服をノルマン=コンクエストという
問23
1130年にノルマン人のルッジェーロ2世が南イタリアに進出して建国した国は何か
答え:両シチリア王国
問24
総大司教座が置かれた、ローマ・コンスタンティノープル・イェルサレム・アンティオキア・アレクサンドリアの五つの教会の総称は何か
答え:五本山
補足
それぞれが首位権を主張したが、ローマ教会とコンスタンティノープル教会が二大勢力に発展した
問25
ゲルマン人への布教や進入したランゴバルド人との講和、聖歌の作成等で活躍した大教皇とも呼ばれるローマ教皇は誰か
答え:グレゴリウス1世
問26
ビザンツ皇帝レオン3世が726年に発布した、イエス等の聖像の厳禁と破壊を命じる法令は何か
答え:聖像禁止令
補足
ゲルマンへの布教に聖像を必要としたローマ教会との対立を深める原因となった
問27
教会改革運動の中心となった、910年にフランスのブルゴーニュに設立された修道院は何か
答え:クリュニー修道院
問28
皇帝による聖職叙任を聖職売買として、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世を破門、屈服させたローマ教皇は誰か
答え:グレゴリウス7世
補足
聖職叙任権(大司教・司教・修道院長などを任命する権限)をめぐるローマ教皇と神聖ローマ皇帝の争いを叙任権闘争と呼ぶ
問29
1077年、北イタリア山中のカノッサ城において、破門されたハインリヒ4世がグレゴリウス7世に許しを求めた事件は何か
答え:カノッサの屈辱
問30
1122年、皇帝ハインリヒ5世と教皇カリクストゥス2世との間で結ばれた、叙任権闘争を終結させた宗教協約は何か
答え:ヴォルムス協約
問31
イングランド王ジョン・神聖ローマ皇帝オットー4世を破門させ、第4回十字軍やアルビジョワ十字軍を指導した、教皇権最盛期のローマ教皇は誰か
答え:インノケンティウス3世
補足
“教皇は太陽であり、皇帝は月である“との言葉を残したとされる
問32
西欧において実施された、農民が教会に収穫や畜産物の10%を収める税は何か
答え:十分の一税
問33
領主と農奴の関係を軸とした荘園制と、領主間の主従関係という2つの仕組みの上に成立した社会を何と呼ぶか
答え:封建社会
問34
大土地所有者がその土地を恩給として貸し与え、使用権を認められた者はその見返りとして貢租や労役、軍事的貢献などを提供する制度を何と呼ぶか
答え:恩貸地制度
補足
封土を媒介として主君と家臣との間で結ばれた双務的な契約関係を封建的主従関係と呼ぶ
問35
荘園内における国王の課税権や裁判権などの行使を、領主が拒否できる特権は何か
答え:不輸不入権
問36
中世ヨーロッパの農村で10~11世紀に普及し農業生産力向上の原動力となった、耕地を三分して作物を替えることによって地味の低下を避ける農法は何か
答え:三圃制