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これでベクトル24題すべて撮り終えました。3年前に撮り直しを始めてちょうど150題のはずです。2次関数、高次方程式、図形と方程式、数列、ベクトル、標準講座の極限、微分、積分が終了しました。全体の約半分が終わりました。次は確率を撮り直すつもりです。2026年に入ってすでに二度目の風邪を引いており、治るのに2週間もかかるくらい体が弱いので、確率の1番をアップできるのは3週間以上先かもしれません。
この問題、実は動画完成後の2日後に改めて撮り直しました。サムネイルは1回目のもの、アップされている動画は2回目のものです。サムネイルに1回目のものを使ったのは1回目の方が図が綺麗に描けたからです。では2回目を撮り直した理由はというと1回目の撮影後に、本来「直線AQとCとの交点」とあるべきところを「AQベクトルとCとの交点」としてしまっていたからです。最初、訂正のテロップを入れる形で修正しましたが、やはりそこが大きく印象に残る授業になってしまうのと、数学的に間違った表現をアップする前に気づいた以上、どんなに小さなことにも落ち着かなくなる病気なので、結局そこのためだけに授業そのものを撮り直しました。
自分1人だと数学的な間違いでさえ全く気づけない、そういうことは本当に多いです。今までもおそらく星の数ほど間違えています。誰もが自分の計算ミスに気づけないのと一緒です。
2回目を撮り直した今でも、1回目の方が図が綺麗だった(特にオレンジの円Cと光の線AST)とか、ここの言い回しがスムーズだったとか、1回目と2回目の間の数日で自分で前髪を適当に切ったので、髪型が切る前の1回目の方が気に入っているとか、2回目の方が1回目の全てを上回ることはないので、そういうことが何日経っても頭から離れず、大袈裟に聞こえるかもしれないですが何をしていても精神が崩壊し頭を掻きむしり取り乱すレベルの地獄の苦しみです。完璧主義というのは重度の病気です。実際のところ今の時代、動画生成AIの最新技術を使えば部分的な修正など簡単なことなんだと思います。もうそもそも人間が授業する必要すらないんでしょうね。
さて、今回は受験間近ということで、学歴と幸福との関連について書こうと思います。まず、学歴について普段僕は「学歴なんて今や何の意味もない」的なことを言っていますが、自分自身が大学受験をするころはやっぱり学歴を気にしていました。ただ歳を重ねるごとに今のような考えに至りました。逆に言うと今これを読んでいる受験生は何を言われても学歴が何の意味もないなんて到底思えないというのも理解できます。高校生には学歴が社会でどのような影響を及ぼすのか想像することしかできませんから。
なので、ここで言いたいのはいつか「学歴なんて結局何の意味もない、何の価値もなかったよね」と思えたらきっと人生成功なんだと思います、ということです。皆さんが想像する成功者、幸せそうな人は「学歴は重要だ」と言っていますか?おそらくそんなことはないと思います。学歴学歴言っているのはほとんどの場合、高学歴で中途半端な人間のポジショントークです。
では、僕が歳を重ねるごとに学歴なんて、というように感じた理由について話すと、20代後半ごろには少なくとも僕はどこかの会社で雇われ続けることが幸せだと思えなくなってきました。誰しもに当てはまる唯一の幸せとは「好きなことを、好きな時に、好きな人と、好きな場所で、好きなだけできること」だと思います。会社に雇われる生活だとこれを実現するのはかなり難しいです。なので、少なくとも自分で仕事量を選択できる必要があるので、何か特殊能力を身につけるか自由な時間を手に入れる資産を築くことが重要になります。いずれにおいても自分の人生の時間をかなり投資しなければなりません。最短でも10年程度でしょうか。
それに対して学歴によって得られるものとは何かというと、新卒で雇ってもらえる会社の選択肢が増えることくらいです。MARCHより早慶、早慶より東大と序列があって、それによる達成感や優越感が得られるじゃないかという考えの受験生が多いかと思いますが、そういう人は社会に出たら学歴以上の、会社名の序列、社内での役職の序列、年収の序列にすり変わり、人生を通していつまでも終わりなく振り回され続けるのではないでしょうか。
なので、学歴にこだわりすぎることは不幸を招きます。5年も10年も浪人し、受験勉強している人は学歴に人生を操られています。もう他の道を選ぶべきです。自分の納得いく学歴がなくても人の役に立つことはできます。
もしかしたらAIの発展により皆さんが社会に出る頃には、多くの会社が新卒採用を大幅縮小したり、新卒採用そのものがなくなっているかもしれません。これは脅しではなく可能性として頭に入れておくべきだ、という話です。
自分はこれで戦うという分野での勉強なら構わないですが、周りがやっているからという勉強は人生における大切な時間の無駄です。
ちなみに僕の幸せは、自分の時間を物理的に奪われることなく誰かの役に立っているという実感があり、心の余裕を持って家族との時間を過ごすことです。小さい子供にとってはやっぱり親ができるだけ一緒にいてあげた方が幸せなんだろうと感じます。
最近自分一人の時間には葬送のフリーレンを繰り返し見ています。このアニメの戦闘以外のストーリーが僕はかなり好きです。