18世紀にヤゲヴォ朝滅亡の後選挙王政となっていたポーランドを、ロシア、プロイセン、オーストリアの三国が分割して領有した出来事。
憲法が制定され、コシューシコ率いる反乱も起こったが鎮圧され、1795年に完全にポーランドが消滅した。
当時の王は、ロシアがエカチェリーナ2世、プロイセンがフリードリヒ2世、オーストリアがヨーゼフ2世(実権はマリア=テレジア)であった。
流れ→ポーランド王国、近世ロシア
まとめ→近世ヨーロッパ
コシューシコ
1772年〜1795年
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