解答のポイント
①Aはモザンビーク。宗主国はポルトガル。
②Bはジンバブエ。宗主国はイギリス。
③1960年のアフリカの年に、アンゴラやモザンビークでも独立の機運が高まった
④宗主国ポルトガルの独裁者サラザールにより、この独立運動は弾圧された
⑤やがて、サラザールが亡くなり、カーネーション革命で独裁が終わる
⑥1975年に新政権によりアンゴラとモザンビークは独立を承認された
⑦一方、イギリスの支配していたローデシアでは、まずザンビアとマラウィが独立
⑧さらに、アンゴラとモザンビークの独立に影響を受けた南ローデシアがイギリスからの独立を宣言
⑨白人政権が国名をローデシアと改称した
⑩ところが、南アフリカ連邦と同様に、白人政権によるアパルトヘイトが展開されたため、黒人住民の独立闘争が続いた
⑪アパルトヘイトに対して国連の経済制裁が展開されたため、国際的に孤立
⑫経済的に苦境に陥ったことを背景に1980年に黒人主体の連合政権が発足
⑬国名をジンバブエと改称した
模範解答
Aはモザンビーク。宗主国はポルトガル。Bはジンバブエ。宗主国はイギリス。1960年のアフリカの年に、アンゴラやモザンビークでも独立の機運が高まったが、宗主国ポルトガルの独裁者サラザールにより、この独立運動は弾圧された。やがて、サラザールが亡くなり、カーネーション革命で独裁が終わると、1975年に新政権によりアンゴラとモザンビークは独立を承認された。一方、イギリスの支配していたローデシアでは、まずザンビアとマラウィが独立。さらに、アンゴラとモザンビークの独立に影響を受けた南ローデシアがイギリスからの独立を宣言し、白人政権が国名をローデシアと改称した。ところが、南アフリカ連邦と同様に、白人政権によるアパルトヘイトが展開されたため、黒人住民の独立闘争が続いた。アパルトヘイトに対して国連の経済制裁が展開されたため、国際的に孤立。経済的に苦境に陥ったことを背景に1980年に黒人主体の連合政権が発足。国名をジンバブエと改称した。
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