Follow Us!!:

アプリなら、たくさんの便利な機能が無料で使える!
今すぐアプリをダウンロードして、もっと自由に学ぼう!

履歴の確認
お気に入り・フォローの登録
通知の受け取り
ファイルの作成・追加・複製
メモの作成・確認
モチベボードの投稿
App StoreからダウンロードGoogle Playで手に入れよう
運営会社お問い合わせ利用規約プライバシーポリシー
YouTube利用規約

© 2025, okke, Inc.

松山の世界史チャンネル

モザンビーク・ジンバブエ現代史(一橋大世界史2023年Ⅱ)

次の動画:中露(ソ)関係の変化が中国に与えた影響(一橋大世界史2023年第3問)

概要

動画投稿日|2023年2月27日

動画の長さ|10:35

解答のポイント ①Aはモザンビーク。宗主国はポルトガル。 ②Bはジンバブエ。宗主国はイギリス。 ③1960年のアフリカの年に、アンゴラやモザンビークでも独立の機運が高まった ④宗主国ポルトガルの独裁者サラザールにより、この独立運動は弾圧された ⑤やがて、サラザールが亡くなり、カーネーション革命で独裁が終わる ⑥1975年に新政権によりアンゴラとモザンビークは独立を承認された ⑦一方、イギリスの支配していたローデシアでは、まずザンビアとマラウィが独立 ⑧さらに、アンゴラとモザンビークの独立に影響を受けた南ローデシアがイギリスからの独立を宣言 ⑨白人政権が国名をローデシアと改称した ⑩ところが、南アフリカ連邦と同様に、白人政権によるアパルトヘイトが展開されたため、黒人住民の独立闘争が続いた ⑪アパルトヘイトに対して国連の経済制裁が展開されたため、国際的に孤立 ⑫経済的に苦境に陥ったことを背景に1980年に黒人主体の連合政権が発足 ⑬国名をジンバブエと改称した 模範解答 Aはモザンビーク。宗主国はポルトガル。Bはジンバブエ。宗主国はイギリス。1960年のアフリカの年に、アンゴラやモザンビークでも独立の機運が高まったが、宗主国ポルトガルの独裁者サラザールにより、この独立運動は弾圧された。やがて、サラザールが亡くなり、カーネーション革命で独裁が終わると、1975年に新政権によりアンゴラとモザンビークは独立を承認された。一方、イギリスの支配していたローデシアでは、まずザンビアとマラウィが独立。さらに、アンゴラとモザンビークの独立に影響を受けた南ローデシアがイギリスからの独立を宣言し、白人政権が国名をローデシアと改称した。ところが、南アフリカ連邦と同様に、白人政権によるアパルトヘイトが展開されたため、黒人住民の独立闘争が続いた。アパルトヘイトに対して国連の経済制裁が展開されたため、国際的に孤立。経済的に苦境に陥ったことを背景に1980年に黒人主体の連合政権が発足。国名をジンバブエと改称した。 (400字)

タグ

#高3#レベル5#世界史横断テーマなど#演習

関連動画

18:35
【改訂版】英仏百年戦争(一橋大世界史2023Ⅰ)松山の世界史チャンネル
8:05
中露(ソ)関係の変化が中国に与えた影響(一橋大世界史2023年第3問)松山の世界史チャンネル
17:19
【改訂版】モザンビーク・ジンバブエ史(一橋世界史2023Ⅱ)松山の世界史チャンネル
16:35
世界史の本質「構造理解」ルターの板挟み(一橋世界史2020Ⅰ)松山の世界史チャンネル
23:12
一橋大最頻出の朝鮮史(一橋大世界史2022Ⅲ)松山の世界史チャンネル

関連用語