Follow Us!!:

アプリなら、たくさんの便利な機能が無料で使える!
今すぐアプリをダウンロードして、もっと自由に学ぼう!

履歴の確認
お気に入り・フォローの登録
通知の受け取り
ファイルの作成・追加・複製
メモの作成・確認
モチベボードの投稿
App StoreからダウンロードGoogle Playで手に入れよう
運営会社お問い合わせ利用規約プライバシーポリシー
YouTube利用規約

© 2025, okke, Inc.

クリミア戦争

概要

ロシアの南下政策の一環として行われた、オスマン帝国との戦争。

イギリス・フランスがロシアの南下を警戒しオスマン帝国側につき、ロシアを下した。

ロシアは戦争中にニコライ1世からアレクサンドル2世に皇帝が代わり、彼はその後しばらく国内改革に努めた。

流れ→南下政策

まとめ→近代ヨーロッパ、ロシア

時代

1853年〜1856年

場所

7C53F4CA89E643A183B3F7E51BA3AD25.png

詳細

ロシア(ニコライ1世)とオスマン帝国の戦争です。

南下政策の一環として、オスマン帝国内のキリスト教徒保護を口実に、ロシアがセヴァストーポリ要塞に迫ったことで開戦しました。

ロシアを警戒したイギリス(ヴィクトリア女王) と フランス(ナポレオン3世) が介入し、イタリア統一運動中であったサルデーニャ王国も好意を得ようと参戦しました。

戦争の最中にニコライ1世が急死、アレクサンドル2世が即位します。

要塞が陥落したことで1856年パリ条約(注1)で講和が成立しました。

ロシアが内政改革を進めるきっかけとなったこの戦争は、トルストイが参加したことでも知られています。

(1) パリ条約

押さえるべき条項は以下の通りです。

  • ダーダネルス・ボスフォラス海峡の全軍艦通過禁止

  • 黒海の中立化

  • オスマン帝国のキリスト教徒は列強の保護下に

75BE052DE39840F287BBD7BB4FDF93D5.png トルストイ

タグ

関連動画

18:59
世界史探究No.62 19世紀のロシア世界史のせんせ
29:28
136 東方問題・クリミア戦争(教科書263)世界史20話プロジェクト第14話Historia Mundi
15:07
【世界史】 19世紀の露・米1 露の南下政策  (15分)映像授業 Try IT(トライイット)
26:01
ロシアの歴史③帝国主義ロシア(世界各国史プロジェクト)Historia Mundi
35:55
イタリアの統一【世界史125】(収録授業)農三世界史

関連用語

南下政策
露土戦争
ギリシア独立戦争
ムハンマド=アリー
ツァーリ