授業は自宅で撮影しているのですが、撮影の部屋の床がチョークの粉がつもりまくって、海辺の砂浜のごとく、粉浜になっています。部屋の匂いも、何年も使われてない図書館の物置部屋みたいな匂いになっており、嫁がこの部屋チョークくさいと言って換気したがります。換気なんてしようものなら長期にわたり部屋の中を粉が舞い散り、撮影をしようとしたとき常時カメラの前を粉雪のように粉が舞ってまるで心霊映像のようになるでしょう。まあ、僕はこの部屋のチョークの匂いが好きなわけですが、撮影が終わるとしばらくは授業のことを頭から離したいと思い部屋を放置し、掃除は今度でいいかとなり、数日してそろそろ次を撮影しなきゃとなり、掃除する機会を逃すの繰り返しです。黒板には中途半端な長さのチョークが数百本山積み状態で、黒板消しクリーナーの中も半年に1回くらいしか掃除できておりません。2月が終わったらしばらく休憩したいです。
今回は記述答案の書き方について僕個人が思うことを書こうと思います。
大学によっては「論理的に記述していること、数式だけ羅列しても、答えだけがあっていても細かい説明が不足していれば丁寧に減点していく」と過去に公表していますが、それと同時に「できるだけ部分点をあげたいから、少しでも考えや計算の跡を残してほしい」ともあったりします。
僕自身の体感ですが、正直大学側の理想の採点と現実の採点にはかなり差があると推測しています。
大学側は、「ここまでちゃんと説明してほしい、この説明が足りない場合減点したい」が理想で、現実は「理想の説明が書けてる層は合格最低点とは全く関係ないごくわずかな一部のトップ層であり、それ以外はいかに点数をあげて差をつけるか。理想で採点するとみんな0点に近い点数で差がつかない」だと思います。
ここで受験生に意識してほしいのは、まず計算ミスなく答えが合うこと、それを最優先に勉強してほしいです。解いているのを見ていて、「ここちゃんと説明した方がいい」より「あーそこ計算間違えてる」の方が10倍くらい多く見受けられます。
説明の仕方あれこれを悩むのはまず答えが合うようになってから、いや答えが合うようになった受験生ならば、その人なりに説明を記述すれば正直どう転んでも合格最低点を超えると思います。
本当に論理性が不足しない答案を意識した方がいいのは研究職に就こうと思っている人だけでよい気がします。そういう人は高校数学の範囲で大学側の理想とする答案を追求すべきだと思います。大学側の採点基準について、高校数学の範囲を超えた知識を用いる答案は間違っていなければ使って構わないが、歓迎するという意味合いの公表は見当たらないからです。
そして、ほとんどの人が研究以外の職に就くのではないでしょうか。
次回は11月18日(土)にアップできるよう最善をつくします。