世の中には東大生の勉強法だとか東大生が小学生のころにやっていた習慣だとか、そういうのが溢れかえって、日本中の親たちが子供の教育に必死だと思います。僕が心配しているのは、それによって子供の精神が病むことです。
東大生の親の40%が世帯年収950万以上であるということを聞いたことがあるかと思います。それを受けて世間は教育は課金ゲーだと騒いでいますが、僕はそう捉えていません。むしろもっと残酷だと考えています。
「親が稼いでいるから、多額の教育費を投じて子供が優秀に育つ」ではなく、「子供が優秀な遺伝子(この場合はあくまで勉学という観点で)を持っているんだから、その親も優秀な遺伝子を持っている可能性は非常に高く、学歴社会で稼いでいる割合が高いのも当たり前」という解釈です。
何が言いたいかというとほとんどのことは7~8割、遺伝で決まってしまうという残酷な事実があります。
人間はいつか必ず死ぬ、と同じくらいの明確な事実です。
教師や予備校講師にできることなど、微塵もなく、せいぜい科目の知識を教えることくらいで、講師の力で生徒が受かるなんてことは基本的にありえないです。目の前にもともとその科目に関して遺伝的に能力値が高いけどまだ知識が無い生徒が座っていたから、その子の成績が上がったのであって、講師が成績を上げているわけではありません。少なくとも教育関係に携わっている人はこれを事実として知っているべきだと僕は思いますし、気づいているはずです。
生徒側が教師のファンになり、その教師のおかげで自分は成績が上がったと考えることはあっても、教師・講師の側が生徒の成績を引き上げることができると思うのはとんだ勘違いです。もっと言うと、親の育て方で失敗すること(引きこもりや自信喪失)はあっても、親の育て方で成功するみたいな教育論も間違っていると僕は考えています。
その根拠について、高校数学の範囲で簡略化して説明すると、
一卵性双生児(双子)は今も昔も世界中に生まれていますが、一卵性双生児は同じ遺伝子を持っています。その子たちは親の経済的な理由などで2人ともは育てられないと言われ片方もしくは両方とも世界中で養子に出されて、片方は裕福な家庭で育てられ、もう片方は貧乏な家庭で育てられたりするわけです。
遺伝子が同じで、環境・教育が違う(場合によっては育てられる国さえも違う)状況で育てられた上で、何万組も研究していくとその双子の一般知能、論理的推論能力、音楽的な能力、数学的能力などの相関係数はそれぞれ0.77、0.68、0.92、0.87くらいだそうです。
(あえて高校数学におけるデータの分析でざっくり表現したものなので、実際には相関係数ではなく、遺伝率という数値がそれらです。確か、一卵性双生児、二卵性双生児、共有環境、非共有環境が絡んだ相関係数によって遺伝率が決定するはずで、一卵性双生児だけならもっと高い相関係数だったはずです。)
要するに、別々の異なる環境で育てられても、数学的能力をはかるテストを実施してみると、双子数万組の点数の相関係数は0.87ということ(かなり1に近い正の相関がある)で、育ち(教育環境)によっての違いはほとんど影響がありません。
もっと言うと年齢を重ねれば重ねるほど、遺伝要因が環境要因より影響が大きくなるという結果です。
簡単に言うと5,6歳で英会話やスポーツ、楽器を習うと、周りの5,6歳より明らかに能力は頭一つ抜けますが、中学受験、大学受験にもなると遺伝的要因で能力向上の限界が見えてきてしまい普通に幼少期を過ごした人と変わらない結果になっていってしまうという事実です。(だから受験が低年齢化しているわけです)
そして子供のあらゆる能力は親から遺伝します。黒髪の日本人から金髪の子供が生まれることがないように、あらゆる能力は両親のどちらかのものを受け継ぐと考えるのが自然です。だからこそ、親は自分か自分のパートナーに似た、自分の子供を愛すことができるわけです。
とんでもなく残酷な事実ですが、その事実を受け入れたうえでどう生きるか、どこに人生の時間、労力、資金を全振りするのかを考えるかが大事だと僕は思います。
それはいつか絶対に人間は死ぬことがわかっていてもそれを受け入れたうえでどう生きると幸せかを考えることと同じです。
何でも努力が報われると言うことも間違っていますし、生徒の成績が上がらないのは本人の努力が足りないからだと一概に決めつけるのも間違っていますし、自分は才能なんか無かったけど努力だけでここまでになれたと周りに言うのも違います。
ちなみに僕は国語の長文読解とピアノに関しては人並み以上に努力をしましたが、それが得意な人には絶対にかなわないと思い知らされました。(誰にもそういう経験があるはずです)
この世界を生きていくために自分の向き不向きを見極めて、どこに努力を割り当てるべきか考えるように指導するのが、親、教師の役割だと思います。
また、これらが理由で僕は学歴社会を好ましく思っていません。数学を勉強する人が激減して、自分の仕事がなくなったとしてもその考えは変わりません。