アメリカ独立戦争
概要
アメリカ植民地の人々がイギリスの植民地支配から独立するために戦い、独立を承認されるお話です。
合衆国憲法には近代民主政治の基礎原理となる三権分立の原則が定められました。 まとめ→近代ヨーロッパ
時代
18世紀後半
場所
詳細
17世紀にイギリスが入植した北アメリカの13の植民地では、植民地議会が開かれ一定の自治が認められていました。
しかし七年戦争による財政赤字を軽減することなどを目的に、イギリス本国は植民地に対して課税の強化を行いました。
植民地の住民は、印紙法に対しては 「代表なくして課税なし」 の主張を唱え、茶法に対してはボストン茶会事件を引き起こすなど、イギリス本国に対して反発しました。
そして植民地側は、大陸会議を開いて本国に自治の尊重を要求しましたが、レキシントンとコンコードで武力衝突が起こり、独立戦争が始まりました。
13植民地側は独立宣言を発表し、革命権などを主張しました。この宣言はトマス=ジェファソンが、ロックらの思想を参考にして起草しました。
1783年のパリ条約でアメリカ合衆国の独立が認められました。
戦争中は、イギリスと対立していたフランスやスペインは独立軍側で参戦し、またロシアは武装中立同盟を結びイギリスを外交的に孤立させました。
アメリカ合衆国では独立後、合衆国憲法がつくられ、三権分立の原則が定められ、発展していくこととなります。
ただし憲法を支持する連邦派と、反対する反連邦派の対立が生じ、後の政党対立に発展しました。
アメリカ合衆国が独立し、広大な領域での共和政を実現したことは、当時絶対王政が多かったヨーロッパ諸国に衝撃を与えました。
しかし黒人奴隷や先住民の権利は無視されるなどの問題もありました。
補足
ワシントンはアメリカ合衆国の初代大統領で「建国の父」の一人とされています。 また独立時の首都は彼の名をとってワシントンと名付けられました。