日本文学史マスターへの道⑮『堤中納言物語』
日本文学史マスターへの道
『堤中納言物語』
〔日本古典籍データセットより、堤中納言物語〕
京都大学所蔵資料でたどる文学史年表: 堤中納言物語 からも内容がわかるよ。
《確認ポイント》
✔︎短編の集まり
✔︎作者も違う、成立時期も違う、とにかくユニーク
《書名》
『堤中納言物語』
《作者》
10編短編があるうち、
「逢坂超えぬ権中納言」のみ小式部という女房が作者と判明
他の9編は未詳であるが、
短編ごとに作者は異なると考えられる。
編者も明らかになっていない。
宮中の女房達が物語創作を行い、批評し合う活動が活発であったという背景が関わっていると見られる。
《成立過程》
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「逢坂超えぬ権中納言」のみ天喜3(1055)年の六条斎院物語絵合で新作として提出されたことがわかっている。
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他9編は不明であるが、
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「よしなしごと」は院政期かと推測されるが、
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他は全て平安時代末期成立と考えられている。
*「虫めづる姫君」も院政期と考える場合もある。
《表現》
短編ごとに趣向が凝らされた個性的な表現である。
『源氏物語』のような正統派物語もあれば、奇抜な発想による物語、書簡体のものまであり、
とにかくバラエティーに富んでいる。
《構成》
10編の短い物語の集まりである。
短編物語集
配列はほぼ四季の順である。
《短編ごとの大まかな内容》
☆「花桜折る少将」
美しい姫君を盗み出そうとした少将が、祖母の老尼を間違って連れ出す話。
☆「このついで」
薫物を見ながら女房が体験を語る話。
☆「虫めづる姫君」
人並みの化粧をしない風変わりな姫君が毛虫をただ愛する話。
☆「ほどほどの懸想」
主従の男女3人が身分に応じた恋をする話。
☆「逢坂超えぬ権中納言」
美男で教養もある中納言が恋する女に手を出せない話。
☆「貝あはせ」
異母姉妹の貝合わせを垣間見した少将が継子の姫を応援する話。
☆「思はぬ方にとまりする少将」
少将と権少将が呼び名が似ているため恋人を取り違える話。
☆「はなだの女御」
宮仕えしている姉妹が里下りして、それぞれの女主人の話をしている様子を好色者が覗き見する話。
☆「はいずみ」
男の不意の訪れに女は慌て、白粉とはいずみ(眉の墨)を間違えてしまう話。
☆「よしなしごと」
物欲の深い僧が、支那を借りるために手紙を書く話。
《史的意義》
従来の王朝美「みやび」を打破する作品(「虫めづる姫君」)など、奇抜でユニークな話が多い。
貴族社会から武家社会へ価値観の変貌期であり、
本作品から、人生の断面を鋭く切り取った様子をいることができる。
《『堤中納言物語』「花桜折る少将」冒頭》
月にはかられて、夜深く起きにけるも、思ふらむ所いとほしけれど、
立ち歸らむも遠きほどなれば、やうやう行くに、
小家などに例音なふものも聞えず。
隈なき月に、所々の花の木どもも、偏に混ひぬべく霞みたり。
今少し過ぎて、見つる所よりもおもしろく、過ぎ難き心地して、
そなたへと行きもやられず花櫻匂ふ木陰に立ちよられつつ
そなたへと ゆきもやられず はなざくら にほふこかげに たちよられつつ
とうち誦じて、「早くここにもの言ひし人あり。」と、
思ひ出でて立ち休らふに、築地の崩れより、白き物の、
いたう咳しはぶきつつ出づめり。
哀れげに荒れ、人氣なき處なれば、此所彼所覗けど咎むる人なし。
このありつる者の返る喚びて、
「此所に住み給ひし人はいまだおはすや。
『山人に物聞えむといふ人あり。』とものせよ。」
といへば、
「その御方は、此所にもおはしまさず。何とかいふ處になむ住ませ給ふ。」
と聞えつれば、「哀れの事や。尼などにやなりたるらむ。」と後めたくて、
「かのみつとをに逢はじや。」
など、微笑みて宣ふ程に、妻戸をやはら掻放つ音すなり。