日本文学史マスターへの道⑩『伊勢物語』
日本文学史マスターへの道
『伊勢物語』
〔伊勢物語の屏風(1625年頃)、岩佐又兵衛学校、パート1)〕
《確認ポイント》
✔︎現存最古の歌物語
✔在原業平がモデルとされている
✔︎「昔、男ありけり。」の書き出し
《書名》
『伊勢物語』
-
有力な説は、主人公とされる在原業平と伊勢の斎宮の恋(69段の内容)が物語の中心であるからというもの。
-
そのほかには、歌人伊勢の手が加わったからなどがあるが、明確な定説はない。
-
モデルとされている在原業平が、在原氏の五男で中将であったことから、
-
『在五が物語』や『在五中将物語』、『在五中将の日記』と言われることもある。
《作者》
未詳
-
江戸時代初期は、作品全体が在原業平作であると考えられていた。
-
現在も、原型の作者は在原業平であると考える見方もある。
-
在原氏の縁者によって語られたものが、
-
数人の作者によって描かれたという見方が考えられている。
《成立過程》
-
延喜5(905)年の『古今和歌集』成立以前に小規模の昇段が成立し、原型なるものが生まれ、
-
10世紀半ばにかけて、2・3度増補され、今の形になったと考えられる。
→全てが一度に成立したのではなく、2次・3次という過程を経て、完成した。
《表現》
簡潔な和文体
人物に関する細かい説明は省略し、和歌が詠まれた状況のみを記述する
→読者の想像力を掻き立て、抒情豊かな物語世界へ導く効果がある
「語り文体」として、『竹取物語』同様、伝聞回想の助動詞「けり」が多用され、口承文芸である物語の本質が垣間見える。
《構成》
歌物語で、現行本は125段からなる。
-
多くが「昔、男ありけり。」という書き出しで始まり、
-
モデルとされるのは在原業平である。
〔在原業平と二条后(月岡芳年画)〕
- 在原業平の初冠(成人式)から臨終までを描いており、一代記風の構成である。
*伊勢の斎宮との話を最初に置く、狩使本も平安時代に存在したらしい。
ただし、男の実名を表すことがなく、
「男」もしくは官職名で記されているため、
物語の虚構性が強調され、業平の実像と虚像が入り混じった内容である。
和歌は、200首ほどが載っているが、各昇段はそれぞれ独立している。
業平ではない人物についての昇段もある。
和歌の大部分は、男女の愛情を描いているが、
主従・親子・兄弟・友人間での和歌や旅情を歌う昇段もある。
総じて、しみじみと心打たれる内容が多い。
『伊勢物語』は、人間にとって最も普遍的である愛の様々なかたちを描き出そうとしたと言える。
*業平は平安初期の9世紀を生きており、藤原氏の摂関政治の開花と被る。
藤原氏の権力は徐々に拡大していく一方で、
在原氏や紀氏が支えていた惟喬親王の立場は追いやられていく。
在原氏や紀氏の読む和歌には哀感が漂っているが、政治的に恵まれなくとも和歌を読む風流を忘れていなかった。
生きる証として和歌が詠まれ、歌を通して心の交流や連帯が深まった。
《一部のあらすじ》
◎第1段「初冠」
成人した男が、春日野へ狩りにいき、美しい姉妹に心を惹かれて和歌を贈った。
〔関西大学図書館電子展示室より、(初段・春日の里)…元服したばかりの主人公が、奈良の春日に鷹狩りにでかけ、思いがけず美しい姉妹を見つけて早速歌を贈る。室内に姉妹と女房(侍女)。塀の外では主人公が侍女に歌を手渡している。〕
◎第4〜6段「二条后との恋」
男は二条后の元へ密かに通った。二条后を盗み出すことに成功して、芥川の川のほとりまできたが、雷が激しい夜、二条后は鬼に食われてしまった。
〔関西大学図書館電子展示室より、(六段・芥川)…盗み出した女を背負って、芥川のほとりを逃げる主人公。〕
◎第9段「東下り」
京都にいることが煩わしくなり、男は東の国へ住む場所探しへと出かける。途中男は三河国の八橋、駿河国宇津の山、隅田川で和歌を読む。
〔関西大学図書館電子展示室より、(九段・八つ橋)…東下りの途中、三河の国八つ橋で「かきつばた」の歌を詠む主人公。〕
〔関西大学図書館電子展示室より、(九段・宇津の山)…東下りの途中、宇津の山で修行の僧と出会い、都への手紙を託す主人公。〕
〔関西大学図書館電子展示室より、(九段・富士山)…東下りの途中、五月末なのにまだ雪の残る富士山をながめる主人公たち一行。〕
◎第23段「筒井筒」
田舎で過ごす幼馴染の男女が結婚するが、男が浮気をする。しかし女の純粋な愛情に心を打たれ、男は新しい女と絶縁する。
〔関西大学図書館電子展示室より、(二十三段・筒井筒)…井戸のもとで遊ぶ男女の子供。二人はやがて夫婦となる。〕
◎第24段「梓弓」
状況した男の帰りを3年待ち侘びた女が別の男と会う約束をする。その夜元の男が帰ってきたが、事情を察知し立ち去る男を追いかけ、女は倒れ死んだ。
〔関西大学図書館電子展示室より、(二十四段・あづさ弓)…都に行った後、夫からは三年間音信がなく、女が新しい男性を迎えようとした、ちょうどその日に、もとの夫が帰ってきた。〕
◎第69段「狩の使」
狩の使として、伊勢国へ下向した男は、斎宮と一夜を過ごし、互いに心を残して別れた。
〔関西大学図書館電子展示室より、(六十九段・斎宮)…主人公の寝所に、女童とともに突然現れた斎宮。驚き喜ぶ主人公。〕
◎第82・83段「惟喬親王」
風流を愛する惟喬親王は、馬頭(業平)らを引き連れ、交野へ狩にいく。桜の美しい渚の院で、和歌を読みあう。 突然、出家した親王を、雪の日に小野を訪ねた馬頭は泣きながら和歌を読んだ。
〔関西大学図書館電子展示室より、(八十三段・小野の雪)…出家して洛北の小野に隠棲した惟喬親王を、正月、雪深い中に訪ねる主人公。
《史的意義》
現存する最古の歌物語
和歌の叙情性と簡潔な散文が融合している
→歌物語という新しい文学ジャンルを切り拓いた
その後の歌物語作品は、『大和物語』や『平中物語』がある
上記の2作品のみならず、『伊勢物語』は『源氏物語』にも影響を与えた。
古歌や民間伝承を利用し、唐の伝奇小説『鶯々伝』など中国文学の影響もあると見られる。
『伊勢物語』のみやびの精神は、平安朝における理想的な美と相まって、独自の日本的美意識を生み出すことになった。
また、奥行きの深い物語世界は、幽玄を理想とする中性の謡曲作品
(『井筒』『杜若』『小塩』『雲林院』)などの作品
に影響を与えた。
江戸時代の俵屋宗達や尾形光琳・尾形乾山など琳派の芸術家は、
雅趣を好み、画題や工芸品の意匠とした。
パロディ作品として、『仁勢物語』や『癖物語』なども出版された。
在原業平は、色好みな性格として描かれており、
『源氏物語』光源氏や『好色一代男』世之介など、
物語の男性主人公の典型となった。
《『伊勢物語』第1段本文》
昔、男、初冠して、平城の京、
春日の里にしるよしして、狩りに往にけり。
その里にいとなまめいたる女はらから住みけり。
この男、かいまみてけり。
おもほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、
心地まどひにけり。
男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
春日野の若紫のすり衣
しのぶのみだれ限り知られず
となむ追ひつきて言ひやりける。
ついでおもしろきことともや思ひけむ。
みちのくのしのぶもちずり誰ゆゑに
みだれそめにしならなくに
といふ歌の心ばへなり。
昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。