夜の森。月明かりさえ届かないほど深く、木々は黒い影となってアリスの視界を覆っていた。風はぴたりと止まり、葉の擦れる音ひとつ聞こえない。まるで森そのものが息を潜めているかのようだった。
アリスは、一歩一歩、足元を確かめるように進んでいた。ふと、足元の落ち葉が石に変わった。視線を上げると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
木々に囲まれた空間の中心に、ぽつんと置かれた古い木製のテーブル。その上には、使い古されたティーカップと、誰かが半分飲んだまま放置した紅茶のポット。そしてその向かいの椅子には、誰もいない。
「こんな場所に、誰が…?」
アリスは無意識に椅子に腰かけた。森の中にぽつりと浮かぶようなその場所は、冷たく、どこか時間の外にあるような感覚をもたらした。
そのとき、彼女の背後から低く、楽しげな声がした。
「ようやく来たね、アリス。」
その声に、アリスはゆっくりと振り返る。木の枝の上、そこにはチェシャ猫が逆さまにぶら下がり、例のにやにや笑いを浮かべていた。目だけが光っていて、顔の輪郭は霧のように揺れている。
「あなた、どうしてここがわかったの?」
アリスの声には怒りも恐れもなかったが、少しだけ震えが混じっていた。チェシャ猫は枝からふわりと宙に浮かび、アリスの正面に現れると、答えた。
「君は忘れてるだけさ。ここは“君がかつて隠した場所”。君の記憶の奥に、鍵がある。」
「鍵?」
「そう、“あの日のこと”を思い出すための鍵だよ。」
猫はにやにやと笑いながら、テーブルの上に一つの銀の鍵を置いた。その瞬間、周囲の木々がざわめき始め、まるで森全体が目を覚ましたようだった。
アリスは鍵に手を伸ばそうとして、一瞬ためらった。その銀の輝きは、どこか胸の奥に眠る不安を引き出すような冷たさを放っていた。
「思い出したくないなら、手を引いてもいい。けどね、アリス――忘れることは、解決にはならない。」
猫の言葉と笑みは、まるで謎かけのようだった。そして、またふっと空気の中に溶けるように姿を消した。
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アリスシリーズ一作目↓
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【Music List】
0:00 Through the Keyhole Garden
7:05 Velvet Tea and Clockwork Dreams
10:40 Crimson Pocket