万博の歴史
みなさん、こんにちは。
昨日から大阪・関西万博が開幕しました!
そこで、今回は万博の歴史についてお話しようと思います。
ちなみにみなさん「万博」の正式名称はご存知ですか?
これは「万国博覧会」の略称です。
そして、今回の万博は「大阪・関西万博」と呼ばれていますが、本来は「2025年日本国際博覧会」という名称です。
以下では、みなさんの聞きなじみのある通称を使わせていただきます。
世界で初めて行われた万博
世界初の万博は1851年にイギリスで開催されたロンドン万博でした。
1849年にパリで開かれた産業博覧会を参観した、コール(ロンドンの公文書館の館長補佐)が、フランスが万博開催を果たせなかったと知り、イギリスで予定していた国内博覧会を国際博覧会に拡大することをアルバート公(ヴィクトリア女王の夫であり王立技芸協会会長)に進言したため、ロンドン万博が実現しました。
当時のイギリスは産業革命の真っただ中。イギリスの工業力を広く世界に知られるきっかけとなる万博となりました。
また、ヨーロッパでは印刷技術が進んでいたため、新聞を通じて各地に万博の開催が知らされました。そして鉄道網も発達していたため、気軽に会場へ行くことができました。
他にも世界各国の植民地と定期蒸気船での往来が可能だったため、世界各地から人々が訪れました。
この万博は大成功を収め、18万ポンドもの利益があり、その利益をもとにして作られたのがヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムや科学博物館などの文化施設です。
過去に日本で行われた万博
①1970年 大阪万博 in 大阪府吹田市
実はアジア初の万博は吹田で行われたのです。また、当時の万博史上最大の規模を誇りました。
「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、第二次世界大戦の終戦25周年記念として、アメリカに次ぐ世界2位の経済大国となった日本の象徴的な意義を持つイベントとして開催されました。
吹田に万博公園ってありますよね。この万博はそこで開かれていました。
大阪万博では太陽の塔がテーマ館の一部として制作され、万博閉幕後には国の登録有形文化財に登録されるなど、今もなお多くの人に愛されています。
跡地は開催中から営業していたアミューズメントエリアのエキスポランドは2009年に閉園し、エキスポシティという名の複合施設に生まれ変わり、人々に人気の場所となっています。
また、当時最先端として発表された様々な技術が現代では当たり前になっています。例えば、歩く歩道やテレビ電話、電波時計、電気自動車、缶コーヒーなどが例に挙げられます。
他にもアポロ12号が月から持ち帰った「月の石」なども展示されていました。
今回の万博で紹介される近未来のマシンなども数十年後には当たり前になっているかもしれませんね。
今回の目玉は空飛ぶクルマでしょうか?今回の万博では実際にお客さんを乗せての商用利用は見送られましたが、デモフライトは行うそうです。誰もが自家用車で空を移動する未来も近いのかもしれません。
②1975年 沖縄国際海洋博覧会 in 沖縄県国頭郡
この万博は「特別博」です。特別博とは、特定の部門にテーマを絞り、開催者が展示館を建設し参加国に貸与する博覧会です。
「海-その望ましい未来」を統一テーマとし、特別博としては当時史上最大規模となりました。
海洋博開催にあたって、沖縄県の開発が劇的に進みました。自動車道の整備や、様々な観光施設が建設されたのです。
ですが、来場者数が目標よりも大幅に少なく、海洋博をあてこんで様々な商売を目論んだ人たちから不満が続出したほか、開発は陸地から泥土の海への流出を招き、サンゴ礁に被害を与えてしまいました。
③1985年 つくば科学万博 in 茨城県筑波郡
この万博も「特別博」です。
科学技術庁がエネルギー問題を中心とした科学技術博覧会構想を立案し、開催されました。
「人間・居住・環境と科学技術」を統一テーマとし、この総入場者数は当時の特別博覧会史上最高入場者記録となりました。
この万博は、国際科学技術博覧会なのでアメリカ館やブラジル館もありましたが、日立グループ館や東芝館、富士通パビリオンなどが主でした。
④1990年 花の万博 in 大阪府大阪市鶴見緑地
この万博も「特別博」です。
もともとは大阪市市制100周年事業として、国内博覧会として行われる予定で、鶴見緑地では1984年から博覧会に向けてのイベントが定期的に開催されていました。
しかし、その後国の政策とも合致したため国際博覧会として開催されることになりました。
「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」を統一テーマとし、特別博覧会史上最高の入場者数を記録しました。
正式名称を「国際花と緑の博覧会」と言い、会場内は「野原のエリア」「街のエリア」「山のエリア」に分かれていました。
閉幕後は、花博記念公園鶴見緑地として整備され、市民の憩いの場となっています。
②2005年 愛・地球博 in 愛知県
20世紀までの「開発型」「国威発揚型」が中心だった万博から、21世紀の新しい博覧会の形である「人類共通の課題の解決策を提示する理念提唱型」の万博に変わって最初の開催でした。
この万博は名前から分かるように、「自然の叡智」がテーマの万博でした。
外国のパビリオンは、これまでのような各国が個性的な建物でアピールしていたのとは異なり、万博協会がモジュールを建設し、参加国はモジュールの外装や内装のみで個性を発揮することになりました。
その結果、省資源な環境配慮型のパビリオンができ、21世紀の新しい博覧会にふさわしい、まさしく「人類共通の課題の解決策を提示する理念提唱型」の万博となりました。
今はNHKでよく目にするモリゾーとキッコロ。このキャラクターも実は愛・地球博で生まれたキャラクターでした。ともに瀬戸市に住む森の精という設定です。
愛・地球博の次が今日から始まった大阪・関西万博ですが、その次の万博がどこで開かれるか知っていますか?
正式な万博である登録博は2030年に予定されているリヤド万博なのですが、実は2027年には横浜で以前の花博のような国際博覧会が開かれるのです。
私はまた次も日本でやるなんて知らなかったので、調べたときにとても驚きました。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
今回の万博は55年ぶりに大阪で開催されるということで大きな盛り上がりを見せていますが、パビリオンの建設が間に合わない、チケットの売れ行きが不調だ、予算を何度も増額して使いすぎだ、交通手段が上手く機能していない、など不穏なニュースも飛び交っています。
昨日から半年間開催されていますが、心配事が杞憂で終わるよう願っています。